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小学校への深い深い恨みの根っこと「学校選択制」

 保護者として,すくすくと育ってくれるはずと願っている学校で,

 我が子の人権が守られなかったときの

 学校や教師,教育委員会への強い憤りは,複雑な思いで受け止めざるを得ません。

 もし仮に,学校選択自由化などという甘い制度ではなく,

 担任教師選択自由化まで実施できていたとしたら,

 子どもの「不幸」は避けられていたでしょうか。

 どの小学校の,どの教師が担任になっても,

 結果は同じで,小学校や学校の教師や教育委員会は,

 本当に役に立たない存在なのでしょうか。

 不登校にしろ,いじめにしろ,学校規模がどんどん小さくなっている今の教育現場で,

 多くの人のためになる「豊かな対応」が実現されにくくなっているのは事実です。

 初任者が担任をつとめてしまうような小学校で,

 校長や保護者や子どもや教育委員会は,その「1年生先生」に何をどこまで期待していいのでしょうか。

 「学校選択制」が実質上,意味をなさない地域で,

 地元に一つしかない小学校や中学校が荒れたら,どうしたらいいのでしょうか。

 学校選択自由化が取り入れられている地域では,

 当たり前ですが,各学校は自分の学校の「特色」「良さ」をPRします。

 結局,どこも同じ,というのが「理想」なのかもしれませんが,

 PRがうまい学校とそうでない学校はあります。

 私は,PRは下手で全然かまわないので,

 「だめなところはだめ」とはっきり公言してもらえる学校であってもらいたいと思います。

 いじめが多い。

 学力調査の結果が低い。

 基礎学力が不足している子どもが多い。

 問題は,それに「どうやって対処しているか,対処するつもりがあるか」です。

 学校ができること,できないことを明確に保護者に伝えられること,

 その内容が適切であることが,今の学校には求められています。


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コメント

義務教育に関しても「学校に行くかどうか」の選択制を公にするべきだろうね。
文部科学省が卑劣な学校制度しか運営できませんでした、と頭を下げてね。

「都合の悪いことがあれば、いくらでも嘘をつきますし、いくらでも隠蔽します。それでもよかったら来てください」と前もって言ったうえで、子供を受け入れるならば、詐欺ではなくなるからね。

内実に即して「収容所」と改名してくれれば、制度存続でも仕方ないと思いますけど。

それと、学校被害者の気持ちや感情を表現するの、慎んだほうがいいと思うけどね。

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  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
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  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
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  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
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