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その授業が上手くいかないのは当然である

 以前,ある小学校で実施された研究授業を,参観に来ていた教師が「自校でマネ」してみて,うまくいかなかった理由を不思議がっている話を書いたことがある。

 どこかの団体が判断してくれるような,教師の「指導力」「授業力」の問題ではない。

 研究授業の指導案がそもそもの問題だった,ということでもない。

 問題は,その指導案に何の批判も検討も研究も加えないで,そのまま授業を行ったことにあるはずである。

 教育実習生の授業が,指導案どおりに進まないことがある。

 私は,無理して指導案どおりに進めるよりも,大切なことがあると実習生には指導している。

 勉強しているのは,実習生ではなく,生徒である。

 このことを忘れた「はるか昔の実習生」先生は,「モノマネ」の「軽さ」を認識されていらっしゃらないのだ。

 日経ビジネス9月2日号の「有訓無訓」でYKKの吉田会長が,ご自身の体験を通して大事なことを書かれている。

>自分自身が体験していないことは,いくら熱弁を振るっても共感は呼べない。・・・・カリスマ創業者の言葉だけを真似ても,人の心は動かせない・・・。

>やってみて失敗して心に刻むしかない。

 研究授業を行った先生は,当日までに,どれだけ研究したことか。

 どれだけ生徒と闘ってきたか。

 授業で「上手くいった」なんていう言葉を使って安心しているうちは,

 「学び続ける」子どもなどつくれないし,「学び続ける」自分をつくることも一生できないだろう。

 授業が上手くいかなかった原因を自分で探ることで,

 何が大切かは自ずと見えてくるはずである。

 研究授業を行った先生に聞いても仕方がない。


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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より