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全国学力調査結果の活かし方

 全国学力調査の問題は,新聞に公開されるようになっているので,

 教育に関心のある人は,その難易度や子どもの「でき」について,様々な考えをお持ちだろう。

 私としては,特に基礎的な問題ばかりで構成される「A問題」については,

 「全国的にできがよくない」と考えている。

 新聞も個人のブロガーも,「相対評価」=「順位」ばかりを気にしているが,

 今,学校の評価は「絶対評価」が基本になっていることをご存じだろうか。

 「全体の中でどこにいる」

 ということよりも,

 「目標に対する達成度がどうか」を評価するのである。

 だから,本当は,「何点以上取ることが望ましい」という基準があって,

 平均点ではなく,「それを上回ることができた生徒」が何%いるか,

 というデータの出し方もあり得るのである。

 これが,自治体によっては,中学生の「成績上位者」が私立に抜けてしまっており,

 「上位者が少ない」ことがバレるのは困る,というタイプの心配をするかもしれない。

 そういう場合は,小学校と連続したデータがある生徒だけを抽出した,

 「小中の比較」をしてもよいはずである。

 いずれにせよ,

 「どこかと比べて上か,下か」を知りたくなるのは,仕方がない。

 税金を使って集めた情報は隠すものではなく,税金を出した人間のために公開すべきである。

 その公開の方法も,工夫すべきである。

 繰り返すが,私は,「合格基準」を明示すべきだと考える。

 「何点以上なら,『おおむね満足』と言えるのか?」という問いに,調査を実施している国は答えるべきである。

 もちろん,「観点」を指定してもらってよい。

 公的な基準を設けることが,「絶対評価」の「絶対評価」らしさに結びつく。

 ・・・・・なんてことを書いて,

 「そんなことはできるわけがない」

 というのが行政を経験した身としての実感である。

 「目標に準拠した評価」ほど,あてにならないものはない。

 全国で全く一緒の問題を解かせていて,もし

 A県では「70点以上でおおむね満足」

 B県では「60点以上でおおむね満足」

 と判断してしまったとしたら,「おかしい」話になってしまう。

 が,現実としてはそういうところだろう。

 「上位20%の生徒の平均点」などといった

 「きめの細かい」情報公開を,とりあえずは望みたい。

 
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コメント

相対評価をするから、仕方ねえ学校にいかせるか・学校でも行っとくか、になるが、絶対評価をすれば、卑怯者揃いの「学校なんていらない」となる。

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  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
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  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
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  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
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