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人事部にいた人は元気かな?

 私のブログは,教職教育に籍をおいているので,

 教師になろうとしている人にもご訪問いただいているようです。

 (アクセス解析で,検索ワードを調べられるのでわかります)

 間もなく,採用試験の合格発表がある頃でしょうか。

 私と同期くらいの指導主事に,人事部に入った人がいました。

 お気の毒に。

 子どもと何の接点もないところで部屋にこもってやる仕事が,楽しいわけがありません。
 
 しかし,その人がかかわっていたかどうかは知りませんが,

 大切な仕事は,「教員採用」です。

 採用試験の問題づくりなんかは適当でいいのですが,重要なのは,面接による「選抜」です。

 「いい先生の卵」を見抜けるかどうか。

 私は,「大当たり」の先生を選んだ事務の人には,表彰状をあげたいと本気で思っています。

 その逆は・・・・当然・・・・。

 「なぜ合格させたか」という質問に,答えてもらえる仕組みがほしい。

 その答えによっては,「明らかなミス」が発見できるかもしれない。

 その答えによっては,その教師の一生を左右するくらいの「教育的な効果」があるかもしれない。

 ・・・なんていう言葉を届ける意欲も今はわきません。

 同期の指導主事は,もう校長になっているころでしょう。

 私は主幹でもなく,ただの教諭。

 人生はわからないものです。

 退職校長がなぜか現場に戻り,いい気になって仕事内容を公開していますが,

 教育の仕事なんて,こんなものです。

 上に行けばいくほど,つまらなくなる・・・・。

 何ていうこととは逆の,心にもないことを筋道立てて面接で話したから,

 私も教育管理職候補者として合格し,指導主事になったのでしたが・・・・。

 もし私が今の職場に来ないで,

 そのまま行政にいたとしたら,真っ先に希望したのは人事部かもしれません。

 何度か書いてきましたが,自分のことはさておき,

 私は「教師に向いている人かどうか」を見抜く力に関しては,強い自信をもっています。

 書かれた文章でもわかります。

 すでに書かれている文字でわかると言ってもいいかもしれません。

 本人に会って話をして,「意外な感じ」を抱いた経験がほとんどありません。

 多くは教育実習生の話ですが,生徒の保護者が書いてくれる提出物を読んでも,同じことが言えます。

 保護者面談では,保護者会とは別の,「あの提出物の字」ににじみ出ていたその方らしさが伝わってきます。

 ・・・・こんなことを言っても人事部に抜擢してくれるどころか,

 もっと厳しい場所に行かされるのが関の山だったでしょうね・・・・。

 ときどきふと,「あの人事部の人,今,どうしてるのかな」と思うことがあったので,こんな文章になってしまいました。

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  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より