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国家の成熟化と公教育の役割

 オリジナルの分析かどうかはわからないが,日経BP未来研究所の川口客員研究員が示した「国家の成熟化のプロセス」とは,以下のようなものである。数字が大きい方のレベルが高ければ,それだけ国家が成熟していることを示すという。

1 安全衛生 (平和度,寿命)

2 経済成長 (所得)

3 法治度 (腐敗認識)

4 民主化度

5 人権尊重度 

6 社会貢献度

 5の人権尊重度は,教育指数,報道自由,所得格差,男女格差をもとに,

 6の社会貢献度は,UN負担率,ユニセフ貢献度をもとに数値化して,世界の各地域を比較している。

 日本は,「男女格差」だけがとても低いレベルのままであり,この点が現在までの,そして将来の「成長」への大きな障害になっている可能性がある。

 こうした「成熟化のプロセス」は,個人であればマズローの欲求段階説に従うものである。

1 生理的欲求→安全確保

2 所属と愛

3 承認と尊敬

4 自己実現

 こうした「段階」は,途中を飛ばして実現させることは難しい。

 だから,教育の課題も自ずと見えてくる。

 子どもの人権が尊重されていない状態で,社会貢献を求めるような教育をしたら,それこそ「強制」である。

 日本の教育は,経済成長を維持させることができるような最低限の学力だけから見ると,それなりの成果を挙げているのだろうが,

 第一段階の「安全」が保障されていない学校があることを知らない人はいない。

 異物が混入した給食から,教師による体罰まで,その幅は広い。
 
 国家なら成熟した段階にあるはずの人権尊重度を,行政が高めることができていない。

 成熟化しているはずの日本の弱点の一つは「男女格差」だが,

 その根幹には「個人の弱さ」があると考えられる。

 「集団としての強さ」は,「みんなで募金を集めよう」ということになると「その気」になるが,

 「個人として募金をする」人が少ないことからもわかる。

 「みんながやるなら私もやる」のが日本の教育の方向性である。

 今まで公教育の現場では,「みんなで決めたことは守る」が

 「自分が自分に課すこと」がおろそかにされてきた。

 これからは,

 「みんながやらないから私がやる」

 「みんなが言わないから私が言う」

 という「個人の強さ」を鍛える教育も重視すべきである。

 道徳の時間は,本来,4分の1がここに焦点化されるようになっているのだが,

 特別活動などとの関連を考えて,道徳では「個を強くする」方向性を打ち出してみたらどうだろうか。


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  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
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  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
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    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
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  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より