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行政の仕事の意義を教えてくれた教育委員会時代

 教師は子どもを歓迎しているが,子どもは教師を歓迎するとは限らない。

 そこにいて当たり前の存在だし,特に細かいことにうるさい教師は歓迎されない。

 しかし教師は指導を通して,子どもの見方を一変させることができる存在である。

 こういう関係になりにくいのが,

 教育委員会と教師の関係である。

 教育委員会といっても,教師と最も身近に接することができるのは,

 同じ教師の指導主事である。

 教育委員会の事務方と一般教師が接することは,ほとんどない。

 仕事の関係上,現場の教師と苦労をともにして,問題の解決にあたり,

 現場から強い信頼を得ている指導主事もいる。

 しかし,教育委員会と教師の関係は,基本的に「一方通行」になりやすい「体質」である。

 「昔気質の教師」の中には,指導主事と聞いただけで虫唾が走る,教育委員会の犬め,などと言う人もいる。

 私自身は校長から管理職試験を薦められるまで,教育委員会についてはほとんど興味がなかった。

 実際に指導主事になって第一に思ったことは,

 自分が指導主事になるまでに学んだことは,一般の教員も普通に学んでおくべきだ,

 ということである。

 たとえば「教育法規」なんて,採用試験のときに勉強したじゃないか,と思われるかもしれない。

 しかし,経験を重ねていくうちに,そもそも法規というものがどういう意義をもっているものかに気づけるような「仕事の蓄積」ができていく。問題は,その「蓄積」が「法規の意義」と有機的に結びつく機会をもっていないために,「今,自分がしていることの価値」に気づけない,という「もったいなさ」が生じていることである。

 指導主事は,今,実行されている政策が,いつの,どの法律や答申に基づいているものか,説明できなければならない。

 中教審の第二次答申ではこういうことが求められていた,などと,イメージできなければならない。
 
 それは,実行されている政策の意義を説明し,納得してもらうためである。

 時代は変化のスピードを加速させてきている。

 だから,「覚える」ことも多くなっているが,それが自分の実践と結びつきながら,いつ,どこで,どのような意義があったかを語ることができれば,

 「なぜ今,この課題に取り組まなければならないのか」という教師の疑問に答えるだけでなく,「やる気」を与えることができるのである。

 なんて書いてみて,指導主事が気に入られない理由が自分でもよくわかる。

 何が言いたいのが,本当に伝わりにくい文章である。

 それに加えて,指導主事が研修で「指導力不足教員」を「指導力ほどほどの教員」にすること自体が非常に困難であり,見える成果が出しにくい。

 実績のある教師がどんどん伸びていくことをたすけることは簡単だが,期待通りの働きができない教師には冷たくなってしまいがちである。

 それは,「国民の期待に応える」ことが要請されている公務員の立場で,

 「期待に応えていない」現状が手に取るようにわかってしまうからである。

 コストも非常に高くついている。一つの学校の電気代とか,紙代がいくらか,給食の残飯が何トンか,

 興味がある人は校長先生に聞いてもらっていい。

 費用対効果なんて,教員時代に考えたことはなかった。土日も出勤し,夜中の12時を過ぎても明かりをつけていた日が多かったが,そのときはまさか「エネルギーを無駄に使うな」と批判されるとは思わなかった。

 行政の仕事とは何か,これがわかっただけで,教育委員会で仕事をした価値は高いと思うが,

 なかなか行政の仕事の意義を一般の方にわかってもらうのは難しい。

 特に仕事内容が細分化されているために,

 一般の方が「ピンポイント爆撃」をするのはほとんど不可能である。

 私ならそれができる。

 元同僚が現場にみんな出てくれたら,遠慮せずに繰り出せるのだが。


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コメント

やはり地方の教育委員会の体質は,昔のままのようですね。
東京都や大阪府のように,様々な地方から人々が集まっている地域では,「東京出身の人だから」という温情は全くありませんから,教員にとってはとても厳しい職場です。
幹部の多くが東京都出身ではないこと。これが大きいかもしれません。
地方の場合は,東京都出身の人が幹部になったとしても,なかなか機能していかない様子が目に浮かびます。
地域の人々を大切にするのはとてもいいことですが,子どもを犠牲にすることだけは許せません。

「桐生市いじめ自殺裁判を支援する市民の会」さんのブログをみてみるといいよ。あまたの学校被害者は教育委員会というものの存在に迷惑している。その卑劣さに苦しめられている。
このあいだも変なのに遭遇したのだが、自分の周りの狭い世界しか見れずに、まるで教師や教育委員会が全うに機能しているかのように、自己正当化している。
あきれるばかりだ。

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    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
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  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
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  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
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    「楽毅」第二巻より
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    「歴史の活力」より
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  • 都邑が矩形であるのは、この大地が巨大な矩形であると想像するところからきている。したがってかぎりない天地と形容するのは正確さに欠ける。大地にはかぎりがある。ただし大地は四方を高い壁でかこまれているわけではない。とにかく独創とか創見というものは、思考が狭い矩形をもたぬということではないか。人はいつのまにか思考を防衛的にしてきた。他者を拒絶しがちである。思考の四方に感情という壁を立てて、他者と共有してきた天を極端にせばめてしまった。
    「子産(下)」より
  • 人というものは、恩は忘れるが、怨みは忘れぬ。
    「孟嘗君 5」より
  • 人はたれにもあやまちがあります。あやまちを犯しても改めれば、これほど善いことはありません。『詩』に、初めはたれでも善いが、終わりを善くする者は鮮(すくな)い、とあるように、あやまちをおぎなう者はすくないのです。
    「沙中の回廊(下)」より
  • 「わたしは侈っている者を烈しく憎まない。なぜなら侈っている者はおのずと滅ぶ。が、なまけている者はどうか。わたしはなまけている者をもっとも憎む」
    「沙中の回廊(下)」より
  • 人を得ようとしたければ、まずその人のために勤めねばならぬ。すなわち、晋が諸侯を従えたいのであれば、諸侯のために骨折りをしなければならない。
    「子産(上)」より
  • 知るということは、活かすということをして、はじめて知るといえる。
    「青雲はるかに(上)」より
  • 師はつねに偉く、弟子はつねに劣っているものでもない。弟子の美点に敬意をいだける師こそ、真に師とよんでさしつかえない人なのではないか。
    「孟嘗君 2」より
  • 人を家にたとえると、目は窓にあたる。窓は外光や外気を室内にとりいれるが、室内の明暗をもうつす。そのように目は心の清濁や明暗をうつす。
    「孟嘗君 2」より
  • 人にものごとを問うということは、質問そのものに、問うた者の叡知があらわれるものである。
    「孟嘗君 3」より
  • 人から嫌われることを、避けようとする者は、心の修養ができていないことである。
    「中国古典の言行録」より
  • 人を利用すれば、かならず人に利用される。・・・企てというのは、人に頼ろうとする気が生じたとき、すでに失敗しているといってよい。
    「太公望 中」より
  • 与えられてばかりで、与えることをしないことを、むさぼると申します。むさぼった者は、なべて終わりがよくない
    「孟夏の太陽」より
  • ・・・料理をつくりながら、人と組織とをみきわめたのか。素材が人であれば、素材を合わせてつくった料理が組織である。それ自体はにがく、からいものでも、他の素材と合わされば、うまさを引きだすことができる。煮るとか蒸すとかいうことが、政治なのかもしれない。
    「太公望 中」より
  • 他人を変革するためには、まず自己を改革しなければならね。
    「太公望 中」より
  • 人が何かを得るには、二通りあります。与えられるか、自分で取るかです。(中略)与えられることになれた者は、その物の価値がわからず、真の保有を知りませんから、けっきょく豊さに達しないのです。
    「奇貨居くべし 春風篇」より
  • みじかいなわしかついていないつるべでは、深い井戸の水を汲むことはできない。
    「奇貨居くべし 黄河編」より
  • 人は目にみえるものを信じるが、そのことにはかぎりがあり、けっきょく、人が本当に信じるものは、目にみえぬものだ
    「晏子」第二巻より
  • 人にはそれぞれこだわりがあり、そのこだわりを捨てて、変化してゆく現実や環境に順応してゆくことの、何とむずかしいことか。
    「奇貨居くべし 飛翔篇」より
  • 失敗を心中でひきずりつづけると、起死回生の機をとらえそこなう。それは戦場における教訓にすぎないともいえるが、大きな勝利とは、相手の失敗につけこむのではなく、自分の失敗を活かすところにある。楽毅の信念はそうである。
    「楽毅」第四巻より
  • 人の頭脳のなかの眼力は、木の幹にあたるであろうが、幹をささえるものは知識という葉ではない。根である。根は地上の者ではどうすることもできない伸びかたをする。その根は天から落ちてくる水を吸い、人からあたえられる水も吸って太ってゆく。
    「奇貨居くべし 春風篇」より
  • 大木にするためには、幹の生長に目をうばわれがちであるが、地中の根を大きく張らせることを忘れてはならない。花を咲かせることをいそぐと、花のあとの結実をおろそかにしてしまう。要するに、大木でなければ豊かな実をつけないということである。
    「奇貨居くべし 春風篇」より
  • あらゆる事態を想定して準備を怠らず、変化に対応できるようなトップでいなければならない。
    「中国古典の言行録」より