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学校の「ムダ」は,いったいどこまで省くことができるか?

 教育の予算は削られていく。

 最も削りやすい場所だからである。

 「税金の無駄を減らしてからにしろ!」

 と文句を言うのは自由だが,

 学校の教師の場合は,まずは自分がしているムダをどこまで

 減らせるか,ということを考え,実践するべきである・・・・

 という批判は当然考えられるだろう。

 そこで,管理職に「税金の節約」にどのくらいの自覚があるか,

 教育委員会として,あるいは住民として,調べる方法がある。

 教師の一人に,

 「この学校の電気代は1月いくらか?」

 「1学期あたりの紙代はいくらか?」

 と聞いてみればよい。

 もし答えられないなら,

 「いくら分,節約してみようか」などという考えることすらできない。

 あしもとのことができずに,

 人の話をしてはならない。

 個人の趣味なら,家にどんなに無駄な機械をそろえようが自由だが,

 学校は「家」ではない。

 ましてや,「いくらでも電気や紙は使い放題」なんていう場所ではない。

 プールに水をひく水道を開きっぱなしにして,

 ある学校が「どぶに捨てた税金」がいくらか,など,

 教育委員会はただ情報を流すだけでなく,

 「その金をどうやって取り返すか」を真面目に考えるべきである。


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コメント

まずは、教育委員会自体が無駄。平時は教師、校長にプレッシャーをかけ、有事の際は隠蔽のために被害者家庭を徹底的にいたぶる。服務監督権と任免権の二重行政制度のため、どこも責任をとらない。保健や給食、就学のこと程度なら、区役所、市役所に組み込めば教育委員会など不要。ただの利権、隠蔽集団なのである。
そして、学校。
これが究極の無駄である。
百歩譲って存続するなら、実態に即して「収容所」と改名すべきだろう。

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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より