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中学校という職場は女性蔑視の世界だった

 女性蔑視が体に浸みついて拭い去れない亡霊がいる。

 その亡霊の影響を受けたベテラン教師たちが,今日もどこかで愚痴をこぼしているかもしれない。

 「おれも育児やってんだぞ!遅く来て早く帰りやがって!」

 ・・・・・・。勤務時間を守っている人への風当たりは強いのが中学校という現場である。

 今も昔も,一般企業が,「職場の環境のために女性を雇う」なんてことをしていると公言できるわけがない。

 「職場の花」は「仕事などできなくてもよかった」なんて言いたげな亡霊は,

 そこかしこで不快な印象を振りまいている。

 こういう汚染源が学校現場に一人,二人いると本当に困るのである。

 「口害」という環境破壊は,女性の過剰反応を生んでいった。

 年配の女性教師の中には,「女性だからと陰口をたたかれないように」

 結婚も育児もせずにやたらと学校で気合いを入れている人もいた。

 指導主事にも「過剰に女性らしさを消す」人がいた。もちろん逆もわずかにいるが。

 そういう女性教師を生んだのは,中学校や行政の「男性社会」である。

 「中学校に求められる母性」「中学校に求められる父性」を語り始めると朝が来てしまいそうなので,

 ここは簡単に締めくくっておく。

 日本の女性は本当に強いと思うが,

 オトコがあまりにも情けなくなっている分,

 その強さがまぶしくて仕方がない。

 何が言いたいのかわからなくなった。

 妻と,母と,祖母に感謝したい。

 ひどい話を悪びれもなく書いている亡霊が本当に目障りだが,

 正直なところ,静かに仕事をしてくれる女性が職場にいると,ほっとする。

 また,自分に足がないことをしっかり自覚している亡霊は将来が有望である。
 

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コメント

子供蔑視が浸みついて拭い去れない亡霊がいる。教師、という人種だ。ぜひ、制度を改めて、学校を守るのでなく、人間の子供を教育することに世の中全体が目を向けるべきである。

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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
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    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
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  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より