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保護者からの「学力調査結果」の見方

 学力調査結果の順位が学校別に公開されたときの,保護者としての見方・考え方について,私なりの方法をご紹介したいと思います。

 その前に,おそらく「単学級(1学年に1クラスしかない)学校」は,公開の対象にならない(ただ,単学級の学校が少ないと,公開された順位の「残り」なので,わかってしまうことはあります)ので,複数学級がある学校を想定して書いていくことをおことわりしておきます。

 まず,調査にはA問題とB問題の2種類があって,A問題は非常に基礎的なもの・・・・つまり,学校に通っていなくてもできるような問題を想定してみてください。

 A問題の得点が低い場合は,もともと基礎が身についていない集団だということで,これについては家庭で何とかフォローできる可能性があるのです。

 問題は,A問題がある程度できているのに,他の学校に比べてB問題ができていない・・・つまり,身についた基礎がきちんと使えるような指導がなされていない学校ということになるので,注意が必要なのです。

 A問題は,ドリルをひたすらやれば高得点がとれるようになりますが,B問題はそうはいきません。

 授業が充実していないと,高い平均点はとれない。

 基本的にはA問題の得点とB問題の得点には相関があるはずなのですが,そうでない場合に,注意が必要です。

 ちょっと細かい話でしたが,今日,ここでお伝えしたいのは,

 「平均点が低い学校」を簡単に敬遠しない方がよい,ということです。

 それは,「平均点が低い」ことを公表された学校というのは,自ずと生徒に学力をつけさせるための授業の充実を図らなければならなくなるからです。

 子どももバカではないので,

 どこかの小学校のように,調査問題を事前に練習させたり,当日,答えを教えたりすれば,すぐにバレて大騒ぎになります。

 こういうことで「平均点を上げる」学校はもう出てこないでしょう。

 信用失墜行為で,即,退場です。


 学校は,日頃の勉強を,授業を充実させて,子どもに学力をつけさせるしかないのです。

 もちろん,「平均点が高い学校」だからと安心していてはいけません。

 学校の教師には異動があります。

 市町村教育委員会というのは,学校の格差を少なくするために,課題のある学校には

 指導力の高い教員を異動させていきます。

 現に,私の娘の小学校では,学級崩壊を起こしたクラスが,4月から異動してきた教員がついて,正常化しました。

 学校説明会では,学力調査の結果を受けて,その学校が次年度の教育課程で,

 何を,どのように,どうしていくつもりなのかをしっかりと聞いて確かめてください。

 それをいくつかの学校で比較してみて,決断できるといいですね。

 校長先生の話がおもしろい学校は,無条件でおすすめです。

 明るい管理職のもとでは,教員は「やると子どものためになる」と思うことは,熱心にやってくれます。

 管理職と教員の仲がどうなっているか,案外,重要なことですが,

 単純に,その学校の校長や副校長の部下として働いてみたいと思えるかどうか,

 そんな第一印象がすべてを決めてしまうような場合もなくはないでしょうね。

 学力調査の結果の見方・考え方は?・・・・そうです。そんなものはどうでもいいのです。

 結果ではありません。

 それを受けて,その学校がどう動くか,明るく元気な管理職が,学校をどう動かそうとしているのか,それがすべてなんです。


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  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より