ウェブページ

最近のトラックバック

本の検索・注文


  • サーチする:
    Amazon.co.jp のロゴ

« 英語教育にこだわるたわいのない理由 | トップページ | 「ほこたて」と「表示と異なる食材の料理」との違い »

学力調査の分析(東京都教育委員会)を一歩進めて

 産経新聞の記事で,全国学力調査とセットで行われている「学習状況調査」の結果について,東京都教育委員会が行った分析?結果の一部が紹介されている。

 中学校3年生に対する「家でテストで間違えた問題について勉強していますか」という質問に「している」と答えた生徒の割合が,

 秋田県では24.4%,東京都では10.3%だったという。

 テストで間違えた問題の勉強(復習)は,学校で行う場合もあるから,そういうバリエーションも合わせて問わなければならないのだが,もし仮に学校ではそれをやっていないと仮定すると,

 東京都だけでなく,秋田県も

 「学習指導の基本」ができていないことが証明されたことになる。

 間違えた問題を復習するだけでなく,「テスト問題は必ず解き直す」ことによって,理解度を高めるというのは,学力向上の基本である・・・・という常識を,一般の学校や経験のない教師たちに求めるのは酷かもしれない。

 当たり前の話だが,「復習しておきなさい」という指示だけで復習する子どもは,それほど多くはない。

 (・・・・といっても,そうやって指示したとして,4人に1人もいないのはさびしいことである)

 だから,「解き直し」のチェックを教師はしなければならないのだ。

 こういう習慣を中学生のころにつけさせられた私は,

 教師になったばかりの1校目では自分のクラスの生徒に対して,

 2校目では学年のクラスの生徒に対して課すことにした。

 テスト前は勉強しても,答案が返ってからも勉強するという「風景」を見たことがなかった親たちからは,

 どちらの学校でも感謝された。

 当時は学力調査がなかったので,どのような成果があったかは説明しにくいが,

 「常識」をつくった2校目の学校は,その後,学力向上関係の研究校になっている。

 「テスト問題の解き直し」で生徒が最も苦労するのは数学である。

 授業で解き方の説明を受けても,解けない生徒がいるのだ。

 家庭教師が雇えればその仕事は簡単で,その解けない問題を解けるようにすればよい。

 どんな問題が解けないのかを説明できる生徒は,中学校でも指導がしやすいし,勉強の方法もアドバイスできる。

 中学校では,定期テスト終了後,すぐに「解き直し用のノート」を配布して,それを提出させるようにすればよい。

 意欲の高い子ども,学校のテスト程度では物足りない子どもは,問題集の応用問題なども一緒にそのノートでやればよい。

 中学校1年生から積み上げていくこの「テスト問題&解き直しノート」の数々が,

 進路を選択していくうえで重要な資料になることは言うまでもない。

 こういう「常識」が少しでも多くの学校に広まっていけばよいと思う。


にほんブログ村 教育ブログ 教育論・教育問題へにほんブログ村 教育ブログ 教師教育・教員養成へ 

« 英語教育にこだわるたわいのない理由 | トップページ | 「ほこたて」と「表示と異なる食材の料理」との違い »

教育」カテゴリの記事

ニュースより」カテゴリの記事

学習指導要領」カテゴリの記事

教育改革」カテゴリの記事

学習の評価」カテゴリの記事

学力向上」カテゴリの記事

教職教育」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 学力調査の分析(東京都教育委員会)を一歩進めて:

« 英語教育にこだわるたわいのない理由 | トップページ | 「ほこたて」と「表示と異なる食材の料理」との違い »

2019年11月
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
無料ブログはココログ

宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より