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人気のない少人数学級<人気のある40人学級

 学校選択制は,保護者や生徒にとって,

 「選ぶ自由」が与えられるという点で優れている。

 しかし,受け入れ側とともに,希望する側の問題として,

 「定員を超えた場合に抽選になる」という問題がある。

 つまり,「運がなかった」ために希望する学校に入れない可能があるということである。

 入学選抜試験がある学校ならあきらめもつくだろうが,

 「くじではずれ」た場合,本来は理由があって希望しなかった学校に進学しなければならない。

 ここで問題になるのは,

 1学級の規模に関することである。

 学校選択制によって何が明らかになってくるのか。

 たとえ1クラス40人でも,強い帰属意識をもって学校に通っている中学生と,

 1クラス30人程度の学校で,普通に暮らしている中学生と,

 学力面は,体力面(部活動の活発さ)は,進路面の充実度は・・・・と

 比較していったときに,

 「少人数にすると悪影響の方が大きい」ことがばれてしまうかもしれないということである。

 「少人数の方がいい」と主張している人でも,

 「希望する学校に入れるのなら,少人数でなくてもいい」と言い出すかもしれない。

 それは,当然のことである。

 私が知っている範囲のことでいえば,「人気校」は部活動が活発で,成績もよい。

 結局,公立学校に求められている「学力向上のレベル」は,

 「せめて平均点レベル」というのが一般的な受け止め方なのかもしれない。

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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より