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一世代とばしの世襲教師

 日本では世襲議員とか二世議員というと,たいていは悪いイメージがつきまとっている。

 なりたくてなったにもかかわらず,「親の築いたものを引き継ぐ」というだけで「悪」「ずるい」「お前の力じゃない」などという半分やっかみ入りの言葉が投げかけられる。

 無条件でその職に就けるようなものではないのに,他の立候補者と「平等でない」という理由で批判される。

 「平等」を最も重視すべき原則にしてしまうと,社会は崩壊することを歴史が証明したにもかかわらず,外国で起こったことと日本で起ころうとしていることを「別物」と見立てる人々は,他人の失敗がまるで生かせない。

 ・・・・などというだれでも思っていることをわざわざ述べたのは,

 「では,一世代とばした世襲ならどうなのか」と思ったことがきっかけである。

 私は教師だが,母方の祖父母は高校の教師だった。

 私の両親は自営業者である。

 先週まで教育実習をしていた学生は,祖父母が小学校の教師だったらしい。

 両親は仕事で忙しい人が多いから,何かとめんどうを見てくれて,人格形成に大きな影響を与えているのは祖父母である・・・・というのは何十年か前のことかもしれないが,今でもそういう人は少なくないはずである。

 中学校では,「職業体験」「職業調べ」などの進路に関する学習を行う(これを総合的な学習の時間にカウントして実施している中学校が多い)。特別活動の時間の活動である。

 道徳も,特別活動も,総合的な学習の時間も,もっと「祖父母」にかかわってもらえるような学習環境を整えるべきだと考えるようになったのは,以上のような理由からである。

 そうした活動を通して,あるいは「祖父母」と同じか関係が深い職業にたずさわる人が増えるかもしれない。

 それはそれですばらしいことである。

 もちろん,自分の祖父母に話を聞けるのが一番いいが,それは家庭でもできる。

 学校は,どんな人にでも話を聞くことができる「公共空間」である。

 こういう実践を行っている中学校はあるだろうか。

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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より