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教師の存在自体が子どもの悪いストレスになっている

 教育実習生なら,気づくことができるだろう。

 子どもが毛嫌いしている教師が学校にはいるものである。

 指導が厳しい教師とは限らない。

 不必要に生徒に近づきすぎる教師がそれである。

 「近づく」というのは,空間的な距離とは限らない。

 中学生にとって,「距離感」というのは非常に微妙なものである。

 こういう教師が,子どもたちのストレスを高め,

 いじめを誘発しているのだと気づいても,実習生の立場では何も言えないだろう。

 しかし,学校を変えることができるのは,

 内部の人間ではない。

 これは99%断言できる。

 どんなにおかしい教師だと思っても,同僚の問題をきちんと指摘できる教師はまずいない。

 万が一,違っていたら,大変に失礼なことだ,と思ってしまえば,何も言えなくなる。

 教育実習生も,単位が気になるはずである。

 評価をしてくれる相手に対して,「あなたが問題なんだ」なんて言えるはずがない。

 ・・・・なんて思っている人間は,「教師の卵」を甘く見ている人間である。

 自分の評価を子どもの人権より優先するような人間が,教師を目指す資格はあるのか?

 自分の考えを,きちんとぶつけてみたい,という教育実習生の声を聴く最高の場所は,教育委員会である。

 教育委員会には,教育実習生の聞き取りから,指導教諭の力量を知ることができるというメリットもある。

 人事考課は校長だけに任せておいてはいけない。

 ありとあらゆる方面から,それを100%取り入れるわけではないにしろ,参考にすべき情報は入手すべきである。

 教育実習生は,子どもの声を聴くべきである。

 それを,該当の教師に直接ぶつけることができて,その教師を改心させることができたら,単位をとり,合格させる以上の価値がある。

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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より