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「子どもに届く言葉」が話せない「道徳の専門家」に一言

 何度も繰り返し主張したいことは,

 「言語活動の充実」に最も真剣に取り組むべきなのは,教師自身である。

 子どもに届く言葉が話せない教師がいる。

 「子どもに言葉が届く」という言葉の意味がわからないと先に進めなくなるが,

 ここではそれがわかる人を対象として書くことにする。

 教育の現場に出ると,

 「授業を聞いてないから成績が上がらない」という言い訳をする教師に出会うことができる。

 子どもの反論が想像できるだろうか。

 そもそも聞いているだけで成績が上がるなら,今のような教師は必要なくなる。

 一人分の給料で,二人以上が雇える環境に教育現場が変わっていく。

 その教師がどのような道徳の授業をしているかによって,

 「子どもが自分の成長のために必要としている教師」かどうかはすぐに判断がつく。

 「道徳の時間」は教科指導ではなく,しかも,担任が授業を行うのが原則とされているため,担任を持たせられない教師は授業をする機会もない。

 教師の仕事のあり方を,「道徳」という側面から評価してみたら,どんな結果が出てくるだろう。

 以前もやったことだが,とりあえず「主として自分自身に関すること」として・・・・

(1) 心身の健康の増進を図っているか?

(2) より高い目標を目指して,着実にやり抜く強い意志をもっているか?

(3) 自主的に考え,誠実に実行してその結果に責任をもてているか?

(4) 理想の実現を目指して人生を切り拓いていこうとしているか?

(5) 自己の向上を図るとともに,個性を伸ばして充実した生き方が追求できているか?

 一人の人間として,自分がどうしているかを子どもに語りかけることができるのか?

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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より