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自分の首を絞め続けている古くからの議論相手をどうするか?

 嘘は書かないまま,何とか記事は続けられていたが,とうとう嘘を言わせてしまった。

 自分で自分を引き裂いたのである。

 私は,こういう生徒を何人も見てきた。

 最近の親は「ウソはつくな」という教えを子どもに伝えるのを忘れ始めているのか,生徒の様子が変わってきているが,少なくとも10年前までは,「ウソをつく」ことについてはわずかでも罪悪感を覚える子どもがほとんどだった。そこが,「本当のことを言っているかどうか」を見抜く上で,欠かせないことだった。

 今では,ウソをつくことに罪悪感を持たない子どもが増えている。

 こういう子どもは,逆に,自分を責めたりはしないので,変な壊れ方をしないことだけについては安心していられる。人を裏切って傷つけたときに,ガツンといけるのがこういうタイプである。

 しかし,怖いのは,自分で自分を傷つけていく生徒である。

 ウソをつくことで自分を傷つけている生徒の心は,他人を傷つけているときには,すでに傷だらけになっていることが多い。

 心が死にかけている状態と言ってよい。

 こういう状態のときに,追い打ちをかけると,本当に心が死んでしまう。

 最近の「罪悪感を持たない」子どものようになってしまう。

 そうなると,もう

 「通じる言葉」がなくなってしまう。

 対話をすることが非常に困難になってしまう。

 中学校の教師をしていると,小学校の教師が心を殺し尽くしてしまった子どもによく出くわす。

 子どもの心は再生できるのか。

 中学校が,最後の再生場所である。

 だから,小学校の教師以上に,中学校の教師に求められる資質・能力のレベルは高い。

 部活動の専門的な指導ができる人には,それなりのアドバンテージがある。

 しかし,大事なのは1対1での「治療」である。

 そういう「治療」が,高齢の人間に対して可能かどうか。

 私には分からないが,

 不可能だといって見放すことはしない。

 記事でしっかり取り上げていく。

 少し早いが,「子どもの教育に情熱をかける人々のために」からバトンを受け継ぐことになるかもしれない。

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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より