「全員に発言させたい」という教師の罪
「学び合い」推進者も,「全員主義」が大好きそうである。
「一人も置いてきぼりにしない」というのは,教師の姿勢として,
「正しいもの」という「香り」がする。
しかし,山登りを考えてみてほしい。
本当に体力が不足していて,「これ以上は無理」という子どもが必ず出てくる。
こういう子どもを,無理をさせてでも
(この「無理」をさせるという言葉には,本人の場合と,
本人以外の子どもという二つの意味がある)
山頂に連れて行こうとする教師が,
「全員に発言させたい」という「発言」と重なって見える。
「発言をしないと授業に参加しているように見えない」
というのは,学習の「主体性」を本当の意味で重んじている教師の言葉とは
考えにくい。
「全員に発言させたい」という教師の「気持ち」は分からないでもないが,
実際に「全員に発言させる」こととは別の話である。
実は,
「中1プロブレム」というのは,
すでに小学校時代に始まっている,というのが私の見解である。
これは,小中の交流をしている学校の教師なら分かりやすいだろう。
小学校の教師も,中学校を卒業しているわけである。
だから,自分自身の体験から,分からないわけはない。
すでに小学校6年生の段階で,
学力の差が激しくついていることを。
「全員主義」は,せいぜい3年生くらいまでにしてほしい。
「一人一人を大切にする」ということは,
「全員に同じように何かをさせる」こととはイコールではないはずである。
私は,
小学校の「全員主義」は,「全体主義」と同じような香りがして,
本当になじめない。
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