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「全員に発言させたい」という教師の罪

 「学び合い」推進者も,「全員主義」が大好きそうである。

 「一人も置いてきぼりにしない」というのは,教師の姿勢として,

 「正しいもの」という「香り」がする。

 しかし,山登りを考えてみてほしい。

 本当に体力が不足していて,「これ以上は無理」という子どもが必ず出てくる。

 こういう子どもを,無理をさせてでも

 (この「無理」をさせるという言葉には,本人の場合と,
 
 本人以外の子どもという二つの意味がある)

 山頂に連れて行こうとする教師が,

 「全員に発言させたい」という「発言」と重なって見える。

 「発言をしないと授業に参加しているように見えない」

 というのは,学習の「主体性」を本当の意味で重んじている教師の言葉とは

 考えにくい。

 「全員に発言させたい」という教師の「気持ち」は分からないでもないが,

 実際に「全員に発言させる」こととは別の話である。

 実は,

 「中1プロブレム」というのは,

 すでに小学校時代に始まっている,というのが私の見解である。

 これは,小中の交流をしている学校の教師なら分かりやすいだろう。

 小学校の教師も,中学校を卒業しているわけである。

 だから,自分自身の体験から,分からないわけはない。

 すでに小学校6年生の段階で,

 学力の差が激しくついていることを。

 「全員主義」は,せいぜい3年生くらいまでにしてほしい。

 「一人一人を大切にする」ということは,

 「全員に同じように何かをさせる」こととはイコールではないはずである。

 私は,

 小学校の「全員主義」は,「全体主義」と同じような香りがして,

 本当になじめない。


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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より