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「感動させる」ことを目的にしたとき,「音楽」の「魂」は消える

 太平洋戦争時,戦局が悪化すると,

 最後の頼みの綱は,「魂」のみとなった。

 人間も,物資も,すべてが欠乏していた。

 技術も,すでに追い抜かれていた。

 「玉砕戦」で亡くなった方々の魂を

 慰めるために,私たちがしなければならない

 ことは何か。

 野球でも,「魂を込めて投げろ」なんていう

 「精神論」は,過去のものとなった。

 音楽の世界では,最悪の時代の

 「亡霊」が,まださまよい歩いているようである。

 「音楽家」は,人を「感動させる」のが仕事だろうか。

 そんな「必死さ」が伝わってきたら,それこそ「興ざめ」である。

 「音楽家」が「音楽」に酔っている場面を見て,

 「興ざめ」になる人はどのくらいいるだろうか。

 私はそれで「興ざめ」はしない。

 いい演奏をして,自分で満足をしている姿を見て,

 「すばらしいです」と讃えたい気持ちになる。

 私には,人を感動させようと必死になっている中学生の姿は,

 想像しにくい。

 自分なりに満足がいくことをやる,それだけで精一杯でも,

 よいのではないか。

 「聴衆を感動させる演奏を心がけなさい」という指導は,

 音楽の人間なら一般的なのだろうか。

 私はここに,小学校の教師の醜い典型を見る。

 「参観者を子どもの発言で感動させることが,よい教師と子どもの姿である」・・・

 こういう盲信を抱いている大会参加者が多い場に出ると,

 本当に辟易とさせられる。

 名人とやらの「道具」にさせられている子どもたちが気の毒でならない。

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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より