ウェブページ

最近のトラックバック

本の検索・注文


  • サーチする:
    Amazon.co.jp のロゴ

« 教育ブログ村の正常化のために | トップページ | いいのこすこと-2 学校の成績を上げるということ »

妄想もそこまで行けば・・・・

 びっくりのコメントを発見。

 私が高校・大学と野球部に所属していたから,というわけでもなく,

 「素人でも見破れるウソ」を「おだて役」の自分に書かせてしまった。

 暑さのせいもあるのか,末期的ですね。

 お知り合いの人がいたら,ご訪問されることをお勧めします。

 「熱中症で倒れる高校球児」

 に厳しい言葉をかけている人たちがバッシングされていますが,

 それよりはるかに興味を引くコメントだと思います。

>中学2年から投手だけ。私は打てませんでしたから。

 ・・・・・・・中学校にDH制はありません。「打てないから投手」なんていう選ばれ方は存在しません。

 「投手だけど打てない」中学生はいますが,「打てないから投手にされる」中学生はいません。

>向かい風になると不規則な変化をして、高校1年のとき大学チームも押さえられました。

 ・・・・・・・バレーボールでも投げたのでしょうか? ナックルボールは球速が遅く,キャッチャーも取りにくいので,
  
 それで「抑えられる人」は大リーグに1人いたくらいでしょう。

 ・・・・・・・また,高校野球のチームが大学野球と試合をすることはまずありません。使うバットが違います。

>一番ショックだったのはマウンドに上がるとキャッチャーが遠くに見えたこと。
 ストライクが入らなくなっていたのです。
 練習試合でやけくそで投げたら打たれました。
 他チームの選手は後にプロに言った人でしたがうぬぼれ屋にはショック。

 ・・・・・・・ストライクが投げられない選手は試合には出られません。

 ・・・・・・・ピッチャーが打たれたくらいでショックを受けていたら,試合なんてできません。

>だから投手の一番の要件は心臓だと今は思います。
 頭脳とホルモンの相関の結果かも。
 スピードもコントロールも結局は人間性の結果なのでしょう。

 ・・・・・・・もうそれなりの「域」に達していますね。

 「心臓」「頭脳」「ホルモン」「人間性」・・・・・すべてがばらばらで,「統合」されておりません。


>受験勉強に集中した私は、心臓が小さくなっていたのです。ミスが怖い人間になっていた。

 ・・・・・・・もう言葉が出ません。


 重いですよ。

 早く助けてあげてください。

 本人が,無意識に救いを求めているレベルです。


ブログランキング・にほんブログ村へにほんブログ村 教育ブログへにほんブログ村 教育ブログ 教師教育・教員養成へにほんブログ村 教育ブログ 教育論・教育問題へ

« 教育ブログ村の正常化のために | トップページ | いいのこすこと-2 学校の成績を上げるということ »

野球」カテゴリの記事

コメント

この記事へのコメントは終了しました。

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 妄想もそこまで行けば・・・・:

« 教育ブログ村の正常化のために | トップページ | いいのこすこと-2 学校の成績を上げるということ »

2021年11月
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30        
無料ブログはココログ

宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より