ウェブページ

最近のトラックバック

本の検索・注文


  • サーチする:
    Amazon.co.jp のロゴ

« 私が一番大切にしている「壊れた時計」 | トップページ | 中2になって急に伸び始めた子どもたち »

教育らしい記事が注目されるうれしさ

 教育論・教育問題なんて,最も「つまらなさそう」なカテゴリーにもかかわらず,

 登録ブログ数は最も多い。

 閲覧数も多い。
 
 どうでもいい記事まで「注目」されることに辟易としていたが,

 昨日,今日と,まともな内容が「注目」されていることには喜びを感じる。

 授業における「発言」の意義などについて,真面目な話ができるような場はなかなかない。

 「子どもの発言を増やしたいのだが,どうしたらいいか?」

 という質問を受けることがあるが,

 「そういう質問をしているから,発言が少ないのではないか」・・・・

 なんていじわるなことは言わない。

 増やしたいのは,「どのような発言」なのか。

 それを知ることが第一である。

 それは本当に意味のある「発言」なのか。

 「発言させること」が目的になっているような教師ではいけない。

 「発言」は手段である。

 「何を考えさせるか」が第一である。


ブログランキング・にほんブログ村へにほんブログ村 教育ブログへにほんブログ村 教育ブログ 教師教育・教員養成へにほんブログ村 教育ブログ 教育論・教育問題へ

« 私が一番大切にしている「壊れた時計」 | トップページ | 中2になって急に伸び始めた子どもたち »

教育」カテゴリの記事

教育改革」カテゴリの記事

ブログネタ」カテゴリの記事

学力向上」カテゴリの記事

言語活動の充実」カテゴリの記事

教職教育」カテゴリの記事

道徳」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 教育らしい記事が注目されるうれしさ:

« 私が一番大切にしている「壊れた時計」 | トップページ | 中2になって急に伸び始めた子どもたち »

2020年3月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31        
無料ブログはココログ

宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より