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中2になって急に伸び始めた子どもたち

 恥ずかしながら,これは学校現場での話ではない。

 私は大学時代に塾のアルバイトを3年近くやっていたので,

 やや「長い付き合い」になった子どもたちがいる。

 ある教室では,中1から高1までの英語を教えていた。

 中1から持ち上がりのような形で教えていた子どもたちの学力が,

 中2になって,急に伸び始めた。

 困ってしまったのは,塾の方である。

 私が担当していたそのクラスは,そもそも「勉強が苦手」な子どもたちのためのものであった。

 「自信」だけでなく,「実力」が身についていた。

 塾に「気まずい雰囲気」が生まれる理由はお分かりになるだろうか。

 その話はここでのテーマではない。

 なぜ中2で伸びたか?

 これは私自身と「同じ」方法で学ばせた結果,「同じ」ように伸びたのだ,

 と私は考えている。

 中1のときは,「聞く力」を中心に鍛えた。

 「聞く力」が育っていないと,「次が続かない」のが英語の学習である。

 ・・・・なんてことは,大学生のアルバイトにはだれも教えてくれる人はいない。

 自分が受けた教育の成果を信じてそのまま教えただけである。

 塾では,テキストの決められたページを,決められたペースでこなしていく

 必要があるが,「聞く力」をつけるには,そのページにある単語だけを

 聞かせてもだめである。

 他の講師との違いは,その程度のことだったのかもしれない。

 私は今,社会科の教師である。

 なぜこんな話をしたのか?

 学校時代に自分が受けた教育の成果が,

 人に教える上で役に立つ,という実感がもてるのは,

 小学校なのか,中学校なのか。

 そもそもそういう実感がもてている人が,

 教師になっているのか,どうか。

 それを知るすべはない。


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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より