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「自分は異常ではない」ことを信じ抜ける「正常さ」

 何年前の経験だったろうか。

 いじめをしている子どものなかには,

 「自分が悪いことをしている」

 「いけないことをしている」

 という自覚が全くないのがいた。

 あのブロガーのようにである。

 「開き直り」というのとも少し違う。

 生まれてから中学校に上がるまで,

 親から「お前が悪い」ということを

 言われたことが一度もないからか,

 などと想像してしまうのは,

 こういう中学生の親が,決まって

 「うちの子どもはいい子です」

 という言葉を学校で口にしたからである。

 「いじめにかかわる言動を除けば,

 たしかに『いい子』だと思いますが,

 今,問題にしているのは,そのとき

 この子がしたこと,言ったことです」

 と教師が語りかけても,話をそらすだけで,

 問題を直視しようとしない。

 あり得ない「仮説」を述べ始めることもあった。

 子どもが反省しない背景には,

 数々の問題を直視しないまま育ってきた

 長い長い「家庭教育」の「成果」があるのか。

 責任が問われる,という経験をいっさい

 したことがない子どもでも,自らの過ちに

 気づけば,少なくとも相手に謝ろうとか,

 そういう「気持ち」が芽生えてもよいのだが,
 
 そういう「気持ち」が芽生える気配すらない

 子どもは今も増え続けているのではないか。

 保護者を呼んで話をすると,

 確信に近いものが得られる,その繰り返しだった。

 子どもの方が,ごくわずかだが「正常」に近く見えたほどだ。


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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より