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小学校の先生に知っておいてほしい「号令」のかけ方

 今週,娘の小学校で学校公開が行われていたので,授業を参観してきました。

 職業柄,というか,経験が邪魔をして,

 娘の様子よりも,

 「先生の様子」の方が気にかかって困りました。

 20分休みは「子どもらしさ」が一番発揮できる時間帯なので,

 校庭に出て観察していると,体の大きな小学校6年生の女子がいるなと

 思ったら,あとで先生だったことがわかり,びっくりしました。

 子どもと一緒に元気に遊んでいました。

 授業では,静かでした。

 娘の授業は図工と体育だったのですが,

 図工の「まとめ」の段階で先生が話していた言葉は,

 少なくとも中学年向きで,

 1年生には何もわかっていないだろうと感じました。

 班の形になっていて,ほとんど子どもが先生の方を見ていなかったし,

 その反応のなさから,話の内容を理解しているようには見えませんでした。
 
 先生は淡々と話を進めていました。

 体育の授業では,まず「整列」から始めるのですが,

 「号令」のかけ方が気になりました。

 「気をつけ, 前へ, ならえ」は多くの学校でかけられている号令だと

 思いますが,

 「気をつけ」の段階で,「気をつけ」をしていなければ,

 次に進んではいけないはずです。

 そして,「前へ, ならえ」は

 「前へ, ならえ」であって,

 「前へならえ」ではないのです。

 中学生に号令をかけさせると,

 初めのうち,多くの子どもが「前へならえ」と続けて声を発してしまいます。

 これは間違いで,

 「前へ」で集中力が最大限に高まった段階で「ならえ」がくるのです。

 「気をつけ前へならえ」と

 とぎれなく声を出してしまっていたために,いつまでもだらだらと

 整列できない状態が続きました。

 残念だったのは,先頭の子どもの位置が決まっていない段階で

 号令がかかったので,

 結局また,整列をやり直すことになったのです。

 その後は,もう「号令」はありませんでした。

 「号令」のかけ方次第で,いくらでも子どもの行動は機敏になり,

 時間をかけないで集中させることもできます。

 こういう「知識」は,だれがどのように伝えればよいのでしょうか。

 結局,こういう「知識」がないために,

 あの「恥ずかしい本」の山が小学校教師向けにあるのでしょうか。

 どうしても,授業を参観しても

 「素人っぽい」感じで,不安が残る1日でした。

 社会の授業では,先生がある地名の漢字を思い出せなくて困っていました。

 地理にかかわる授業のときは,子どもに必ず地図帳を広げさせておきましょう。

 これは社会科の指導においては基本中の基本です。


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  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
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  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
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    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
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  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
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