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もし人から学ぶ姿勢が身についていたなら

 もう少し「まし」な題材の「教育論・教育問題」を語ることができただろうに。

 子どもに「おれの技を盗んでみろ」という教師はいない。

 ごくまれに,「その下手くそな説明では,話にならない」と感じている子どもが,

 やがて大学を出て,いい教師になったりする。そういう意味では「役に立つ教師」もいる。

 人は,「何を学ぼうとするか」でその価値が決まる,なんて書いたら大げさだろうが,

 機械いじりよりも大切なことがあるだろう,というのが

 たとえば今の「技術科」の学習である。

 ましてや・・・・こんな話はやめておこう。

 私は,400人から1000人を同時に動かす訓練を教師を始めてからの6年間で受けてきたから,

 「必要最小限の指示」を同じようなことをやろうとする人に教えることができる。

 私と同じように指示してくれれば,他の人も同じように数百人を動かすことができるか,

 というと,そう簡単にはいかない。

 それがなぜか,ということに気づける人と,気づけない人がいる。

 気づけない人には,何を「教えて」も「動かせるように」はならない。

 気づける人は,もう何も「教えること」はない。
 
 あとは自分で力をつけるしかない。

 簡単に手に入れられるものは,簡単に失うことができる。

 苦労の末に手に入れたものは,なかなか失いにくいものである。

 「盗めるもんなら,盗んで見ろ」なんて,いじわるな態度でいるわけでもない。

 世の中に,そんなに簡単にできる「仕事」などない。

 見た通りに,聞いた通りにやればできる,

 なんていう世界のものに,何のやりがいがあろうか。

 だれでもできる,なんて本が流通しているが,

 そんな本が役に立つようなら,教員養成系大学の教師など必要ない。


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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より