ウェブページ

最近のトラックバック

本の検索・注文


  • サーチする:
    Amazon.co.jp のロゴ

« 教師であることを恥ずかしくて明かせない時代に? | トップページ | 教師が教えるべきは「学ぶ意味」? »

教師になって初めて気づく教師になった理由

 教員採用試験の面接では,必ず

 「なぜ教師になろうと思ったのか」と質問されますね。

 必ずされることがわかっているから,

 みなさん,当たり前のように「答え」を用意しておきます。

 もし私が受験者のコミュニケーション能力を見極めることを

 最優先課題にしていたら,

 教育に関する話題の受け答えをいくつかしてもらった後で,

 「今までの話をふまえて,あなたが教師を志した理由を述べてください」

 という問いを発します。

 「今までの話」のどこにどのようなかたちで「志望動機」が

 結びついているか,・・・を話せるかどうかが,評価のポイントになります。

 面接官にとっては,「志望動機」など,聞き飽きるほど聞き続けている話です。

 ほとんど立派なことを言っておきながら,現場では次々に問題を起こしてくれる,

 そんな「採用者」が複数,頭に浮かぶことでしょう。

 ・・・・・今までの話は,すべて雑談でした。


 私の場合,

 中学校の担任になって,ほとんど毎日のように「学級通信」を出していたのですが,

 これは,小学校低学年の先生の影響だと,後でわかったような気がします。

 生徒の似顔絵を毎号のように載せていた年がありましたが,これは

 小学校高学年のときの図工の先生の影響だと思われます。

 子どもを叱っているとき,これは小学校中学年の先生の影響だと気づきます。

 こんな調子で,「先生の影響」は多かれ少なかれ,どの教師にもあると思います。

 全体像として,「あんな教師になりたい」という人はいませんでしたが,

 教科の先生として,担任教師として,部活動の顧問として,という話だと,

 さまざまな先生が思い浮かべられます。

 「いい先生と出会ったことがない人は,いい先生にはなれない」

 なんてことは言いませんが,

 私の場合は,自分が教師を志すきっかけになった人は,たくさんいたのだと思われます。

 ただ,「こうだから」と言葉で説明できるようなことではありません。

 これからも,ふと,「ああ,だから自分が教師を目指したのかな」と気づく場面が

 あるかもしれません。

 あと10年と少したって,「ああ,退職間際にこんな教師のようになれたらいいな,と思っていたのだな」

 と気づくかもしれない。

 でも,それを採用試験のときに話しても仕方がないですからね。

 何もできていないのに,何もしていないのに,
 
 「使命感に満ち溢れている人」って,何となくアブナイ気がします。


ブログランキング・にほんブログ村へにほんブログ村 教育ブログへにほんブログ村 教育ブログ 教師教育・教員養成へにほんブログ村 教育ブログ 教育論・教育問題へ

« 教師であることを恥ずかしくて明かせない時代に? | トップページ | 教師が教えるべきは「学ぶ意味」? »

教育」カテゴリの記事

ブログネタ」カテゴリの記事

教職教育」カテゴリの記事

仕事術」カテゴリの記事

教育実習」カテゴリの記事

コメント

この記事へのコメントは終了しました。

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 教師になって初めて気づく教師になった理由:

« 教師であることを恥ずかしくて明かせない時代に? | トップページ | 教師が教えるべきは「学ぶ意味」? »

2021年11月
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30        
無料ブログはココログ

宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より