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教員採用面接の大改革

 企業の1次面接で落とされる人の共通点は,その企業のことを深く知っていないことにあるという。

 表面的な知識ではなく,その企業で働いている人たちの「考え方」の癖を知ることが,採用されるための有効的な戦略なのだそうだ。

 一番重要な情報は,

 「面接で何を見て,どういう人がダメだと判断され,どういう人が会社にほしい人材だと判断されるのか」

 ということに他ならないが,

 教員採用面接に関していうと,

 それをバラせる立場の人間が,教員採用試験の予備校のような大学で教師をしていることに問題がある。

 教員採用面接で,そういうトレーニングを積むことができる人間が有利になるのは仕方がないことだが,

 教育という仕事の場合,子どもがいない場では何とでも言えてしまうことが,どうにもやるせない。

 現場のまともな教師から見て,ほとんど信じられないことをしでかす人間が面接を通過してしまう現実は,

 どこかで変えていかなければならない。

 私の改革案は,面接に小中学生を参加させる,というものである。

 小中学生が,評価をするわけではない。

 小中学生とのやりとりを,行政や教育現場の目で見て,教師にふさわしいかどうかを判断するのである。

 これによって,ある程度の「不適格者」は排除できると考えられる。

 「本当は子どもは嫌い」なんて人間が,見つかるはずである。

 
 教員採用の担当者の責任は重い。ニセモノを見破れる目を磨いていってほしい。


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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より