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やらせコメント ~教育の基本姿勢~

 こんなコメントをいただきました。

**************
 
 先生という仕事は大変ですよね。

 問題行動を繰り返し,事情を聴くと嘘ばかりつく,

 そういう子どもの面倒を見続けている。

 「面倒を見る」・・・・文字通りの仕事です。

 先生は,その子どもがやっていることの背景が見えているのですね。

 どうして,この子は,こんな行動をとったり,嘘をついたりしているのか。

 親も含めて,「だれも味方がいない」人間の心を知っているのですね。

 子どもから見ると,

 いつも注意をしてくる,叱ってくる,こういう人間は「敵」のように

 思えるかもしれませんが,いつか気づくでしょうね。

 そういう人こそ,「味方」だってことに。


 自分で自分を守るためのやらせコメントを書きこんでも,

 「それは悪魔のささやき」にしか見えないことを分かってもらうことで,

 自己崩壊が救えるのですけどね。

 
 問題行動を繰り返す子どもと,全く同じ大人が多いこと多いこと・・・・。
 

**************

 「法律なんて,くそくらえだ!」

 などと叫んでいる生徒には,どのような言葉をかけるか,わかりますか。

>争いの解決としての最後の手段は法律である。

 なんて主張する人には,どのような声をかけるか,わかりますか。

**************

 君の主張は,正しいかもしれない。

 法律,法律と,「定めてあるからダメ」なんて言っている人間は,私も好きではない。

 この国の最高法規は何だ?

 そこで国民自らが主張しているものは何だ?

 法律違反というより先に,そこに書かれている大原則を,

 お前は破っていないか?

 そういう行動は,自分にかえってくるということがわからないか?

 人権って何だ?

 自分の主張が通らないからって,それを相手の

 「頭がおかしいからだ」

 なんて反論していても,

 それは自分で自分を辱めていることに他ならないのだぞ!

 お前の最大の敵は,お前自身だ!

 お前の心は,自己崩壊命令をお前に発している。

 法律より前に,憲法を学べ!

 最高法規で私たちが主張している大原則を知れ!

*****************

 どんなに教養のない人間でも,

 日本国憲法の精神は中学校で学んだはずである。

 人間は,価値あるものを生かせる者と,生かせない者に分かれる。

 生かせない者の中には,生かそうとしても生かせない人間と,

 生かそうとしない人間がいる。

 最低限の教育の責務は,生かそうとしなければならないことを教えることである。

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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より