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失言・暴言がなくならない理由-2 見過ごしてはならない生徒の暴言

 法律で定められた学力像だと,学校教育において,言語活動の充実は欠かせない。

 ペーパーテスト,発表,レポートなどで生徒に表現させたものによって,学力がどのような状況にあるか把握できたのは,今までも同様だったのだが,これまで以上に力を入れる必要がある。

 日常的な授業の場での「発表」や「グループ活動」をもし重視するのであれば,

 生徒の人間関係を「望ましい環境」のなかで育む必要がある。

 このとき,

 「こう言えば,だれかが茶化してくる」

 「こう発表すれば,だれかに馬鹿にされる」

 などという「不安」「不信感」があれば,

 生徒は表現をしてくれないから,教師は生徒が

 分かっているか分からないかが分からない。

 失言・暴言は,学校の場合,教師だけでなく,生徒にも多く見られる。

 教師の役割は,それを聞き逃さないこと,見過ごさないことである。

 非常にたいへんな手間と時間と労力を要するが,

 人を傷つける言葉,

 生徒のやる気をくじく言葉,

 わがままな言葉を

 発した生徒をそのままにしておくことは,

 言われた生徒の側にとってもよくないだけでなく,

 言った本人にとってもよろしくない。

 ここで私が言いたいのは,

 世の中に出て失言・暴言のたぐいを繰り返してしまう人がいるのは,

 ふだんからそれに近い言動をとっているのに,

 注意してくれる人がいないこと,

 それは「失言・暴言」だと気づかせてくれる人がいないことが,

 原因の一つだということである。

 「言わせておけばいい」というスタンスを,

 少なくとも教師はとるべきではない。

 敵対する勢力なら,

 「いずれ自滅するのを待とう」

 という「作戦」が「あえて何もしない」ことである。


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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
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  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
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  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
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  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
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