教育論にも教育問題にも関係のない記事
どうしてこのカテゴリーに,こんな記事があるのだろう,と感じる人は多いでしょう。
また,そう感じる記事が実際に多い。
「自己申告」の世界というのは,こういうものなのだということが,
ブログ村に住んでいるとよく分かります。
書く方を間違えてしまったのではないか?という記事も・・・・。
別に,「教育論・教育問題」に関係のない記事を削除する機能をブログ村に
要求する気はありません。
教育の世界というのは,
いろいろな分野からヒントをもらって,
日々の実践に生かすことが必要な場所です。
相手はまだ「人格の形成途上の子ども」なので,
直接的に内容を教え込むよりも,
間接的にでも刺激を与えた方が,より効果的なところなのです。
・・・・ですが,正直に申し上げて,
私はほとんどの方の記事を読みません。
「できのよい人」
「自分の道を確実に歩んでいる人」
には,何の興味も感じないのです。
それが,中学校教師というものです。
私は,どういう人の,どんな記事に関心があるか。
もう申し上げるまでもないでしょう。
中学校教師が,そういう態度でいれば,
いじめを防ぐ確率が少しだけかもしれませんが上昇します。
それにしても,問題が発生する場所には,
特別な磁場が生まれているのか,
自然とひきつけられて近くにいる,というのは,
昔から不思議なことだと思っています。
自分が近寄ると問題が発生するのではないか?
と不安になったりもします。
「におい」に敏感な教師になるためには,どうしたらいいか,
と質問されたこともありますが,
「目を見て話そう」としか言えません。
そういうことができない教師,
目を見ても何も悟れない教師が増えていることが
「教育現場の危機」であるというのが,
私にとって最大の「教育問題」です。
ネット上では,「目は見えない」と思われるかもしれませんが,
ブログ村には,「目が怪しい人」がいます。
「それでなぜ恥ずかしくないのか」が不思議でなりません。
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