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絶対に批判をされない立場で書きたい放題の人

 教育界の未来のために,絶対にやってはいけないことがあると私は考えている。

 この記事ではストレートな批判はやめておくが,

 どんなに人材が払底していようが,絶対に使ってはいけない人が,

 どのような職種でもいるはずである。

 日本は,いい国である。

 これは,「能力」ではなく,「立場」「経験」を重んじてくれるという「空気」があり,

 それが都合のよい人にとって,という意味である。

 日本の教育界には,

 「示範授業」という,昔の「師範学校」の教師が聞いたら怒り出すような,

 管理職などに媚びを売るための悪習がある。

 ダメな「示範授業」を見て,「ここがダメです」と批評した人を私は見たことがない。

 打ち上げの飲み会の席ですら,である。


 
 「やってはいけないこと」をやってしまった,その職場の様子が目に浮かぶ。


 職場の人や,子どもたちや,保護者達の

 「本当の想い」が,当人に伝わることがない,伝えるべきとは考えられていない,

 それがこの国の特徴である。

 当人に確実に伝えられる情報を,この国では「お世辞」と呼ぶ。

 そして,そういうことに気づいていない人間がいる。

 「やってはいけないことがやられたこと」を自分で記事にしてしまう人間である。

 しかも,人から褒められたことを書く。

 
 日本にかつてあったといわれる「美徳」とはほど遠いものがそこにはある。

 「こんなふうに私は褒められました」という作文は,小学生くらいまでで終わりにできないものか。


 「私はこんなにも謙虚な人間ですよ」と宣伝することの矛盾をどう説明したらよいのか?


 褒めてくれる人がいないから,自分を自分で褒めてしまう,そんなコメントが混じっている

 教育ブログは今,少しお休み中である。
 


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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より