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指示されたことしかできない人たち

 教師は,子どもに「こうしなさい」と教えていることのうち,

 自分自身ができていないことをどのくらい自覚できているだろうか。

 私の教科の教育実習では,生徒のフィールドワークの引率をさせて,

 お世話になった方々へお礼状を書く指導をさせている。

 そういう指導をしている教育実習生が,

 実習を終えての「礼状」をよこさない。

 おそらく,大学の担当者が「指示」を忘れてしまっているのだと思われる。

 大学では,教育実習の担当者はころころ変わり,

 その都度,実習生に伝わっていることが変わったり,

 伝えられるべきことが伝えられていなかったりする。

 今年は,「礼状を送る」指導がなかった模様である。

 その「礼状」の中身の指導も,なされていない模様である。

 実習中に学んだこと,エピソードなどが全くなく,

 実習前に書いておいたものをそのまま提出しても何の問題もない,
 
 という「礼状」をときどき手にする。

 私は人からもらったものを捨てられない性格で,

 今までのものをすべて持っているが,

 そのため,「礼状の書き方」で優秀な教師になれるかどうかも

 わかってしまうかもしれない。

 今までは,内容がすばらしい礼状を書いた人は,たいてい教師にはなっていなかった。

 指示したことしかできない人には,

 自分が人に指示をする,という経験をもってもらいたい。

 でも,その経験があっても自分ですべきことをできない人は,本当に哀しいものである。


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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より