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見え透いた嘘を重ねていく中学生・・・でなく,中年

 ネット上の世界というのは,多重人格者の「独り言」が最もさかんな場ですね。

 どんどん「殻に閉じこもっていく」姿が痛々しいのは,

 生活指導困難校でよく見た

 「ウソで自分を追い込んでいく中学生」と同じです。

 中学生時代には,ウソはすぐにばれてしまうので,

 「自分の思い通りにはいかない」リアルの世界なのですが,

 ネット上だと,何でもアリ。

 でも,たった一つの言葉の誤用を,わざわざつくった「別の自分」にフォローさせる

 ことで,簡単にばれてしまうのは情けない。

 文体も書かれている内容も,そのレベルも,そっくりそのまま。

 中学生に「ネットの問題」を語るときに,とてもわかりやすい「事例」が

 転がっているのが,この教育ブログです。

 とても貴重な「資料」です。

 「教育ブログの正しい読み方」という記事を書いておいた方がいいかもしれませんね。


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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より