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マネのできない先輩教師にいつでも会える幸せ

 小学生は,中学校に入学して,

 小学校には存在しないタイプの教師たちが多いのに戸惑う。

 たとえば,その教師のところに用事で会いに行っても,

 なかなかつかまらない。

 教室だったり,準備室だったり,グラウンドだったりする。

 職員室にじっとしていない。

 教室か職員室を探せばたいてい先生が見つかる小学校とは,

 異次元の世界であることに気づく。

 教員になって中学校現場に入ってみると,これがまた

 想定を超える人に出会うことがある。

 小学校の教師はいくつかの「タイプ」に分類したとき,

 たいていはそのどれかに属する人が多いのだが,

 中学校の教師の場合には,そういう「類型」から外れたところに

 存在している人たちがいる。

 見る人から見れば,その魅力ははかりしれない。

 その魅力を最も強く感じているのが,生徒だったりする。

 私は大規模校に赴任したおかげで,

 多くの魅力ある教師に出会ってきた。

 とてもマネをすることができる先輩ではない。

 マネをする意味もないこともある。

 こういう個性にふれられた私も生徒たちも,幸せであった。

 今の学校では,退職した先生方との交流が何パターンもある。

 一度,職場ではお別れしても,いつでも会って相談することができる。

 こういう学校はめったにない,というか,他にはないだろうと,思われる。

 教師の人脈とは,こういうものでありたいものである。

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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より