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「だれでもできる」という実感が,おそらく「だれにもできていない」ことの証明になっている

 小学校の先生にお聞きしたいのですが,

 小学生の6学年のうち,一番小学校で

 「能力の打ち止め」現象が大きな学年はどこでしょうか?

 もちろん,感覚的なとらえ方なのですが,

 教えてみての実感は,どこにあるのでしょう?

 もっと伸びるはずの学年なのに,

 ここで思いっきりストップをきかせている,と実感できる学年は?

 以前も書いたことですが,

 6年生を対象にした授業で,

 「この教え方で6年生は満足するのだろうか?」

 という,いかにも「小学生向け」の授業を目にすることが多かったのです。

 奈良の大仏の手の大きさと同じ敷物を模造紙で作って,みんなで乗ってみる・・・・・

 これ,6年生が無邪気に取り組む課題でしょうか?

 などといったこと。

 小学校4年生以降は,特にだれが教えても支障がないという経験者の声もあるようですが,

 これ,本当なのでしょうか?

 本当に,中学校の教師でも,小学校4年生の授業ができるのでしょうか?

 小学校の教員免許が取得できる大学は,かなり限られています。

 この限られた特殊な大学での教員養成カリキュラムは詳しくはないのですが,

 大学生はどのように「小学校の先生」になるための資質能力を磨いているのか,

 今まで本当に興味も関心もなかったのが,

 6・3・3制を見直すとなると,真面目な検討課題になってきます。

 現場感覚を生かすとしたら,

 「ここで本当はもっと子どもは伸びるはず」と小学校の先生が感じている学年が,

 重要なポイントになりそうな気がしています。

 これが小学校2年生などと言われると,

 幼小連携の話から始めなければならなくなるのですが。

 そろそろ本格的な実験校ができてもおかしくないと思われます。


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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より