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« 国語と道徳によって「教師が気に入る言葉を発する」能力を伸ばす子どもたち | トップページ | ブログ・ムラ »

言葉を大切にして人間を大切にしない大人たち

 教育実習生の多くは,生徒のころはそれなりに真面目だったのだと思う。

 道徳の授業に「正解」はないが,「分かってほしい価値観」というのはある。

 それを知識として身に付け,

 「正しい価値観をもっている」ことがわかる内容の話ができる。

 ただ,「正しい価値観をもっている」ことと,

 「その価値観に基づいて行動できる」こととは別の問題である。


 「時間に遅れないように」と生徒に指導している教師が,

 授業に遅れてきたり,提出書類や原稿の締め切りを守らなかったりする

 のがその具体例である。


 教師の世界には,

 言葉を大切にしているんだろうなというのが分かる人がいる一方で,

 「それよりもっと人間を大切にすべきだろう」

 「自分の幸福追求の権利や利益より,生徒の学ぶ権利を優先すべきだろう」

 と突っ込みたくなる人がいる。


 文字の意味をただ理解しただけでは,

 社会で生きていくための人間にはなれない。

 相手の言いたいことを理解することが大事である。

 自分の言いたいことが正しく伝わっていないと考えられた

 場合には,

 ここは「~」という意味ではなく,「~」という意味だ

 と具体的に説明する力が大事である。

  
 ということを,教えるのが学校の教師だが,

 そうやって教師に教わっても,自分が教師になって実践することができない人間がいることは確かである。


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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より