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ネコでも校長になれる

 人の不幸を喜ぶというより,人の気に障ることを平気で書いたり話したりすることができるのはなかなかの能力である。
 
 非正規雇用の割合が高くなり,就職難で苦しんでいる人たちが多いのに,

 「そういうこと」が書けるのはなかなかなものである。

 調布の例の小学校教師のように,

 「そういうこと」が言えるようになる「仕組み」をだれか解明してほしい。

 実は,自分では解明できているのに,

 それがなぜか自分にだけは適用できないという不思議な問題も,解明してほしい。

 

 たとえば,

 「ネコでも校長になれる」

 と聞いて,

 「ああ,いい学校だなあ」

 と余裕で構えていられる人もすばらしいとは思うが,

 実際の校長にとって,また,校長試験を受けてもなかなか通らない人にとっては

 「馬鹿にするな」

 という気になる言葉だろう。

 ネコの名誉も重んじるとすれば,

 利用されるネコに対しても失礼な話である。

 世の中には,PRのための仕事はたしかにある。

 「1日署長」などはその例である。

 しかし,この「1日署長」が,管内で発生した重大事件の対策に追われる,ということはない。

 教育ブログにこういう話が登場してしまうことが,

 なぜか申し訳なくて仕方がない。

 そんなことが言える立場ではないことは承知しているが,

 本当に申し訳ない気持ちでいっぱいである。

 中学生は,

 橋下代表の「あの言葉」を,

 「自民党の支持率を下げるためのパフォーマンス」と分析していた。

 「国益に反する行為だが,それ以上の目的があるかもしれない」のだそうだ。

 実際はどうだろうか。

 政治の世界では,敵の足を引っ張る,というのが横行する。

 そういう姿が,政治そのものへの不信にもつながっていることを,

 政治家は理解すべきだが,「選挙に勝つ」ことが最大の目的になってしまうと,

 そんなことは言っていられない。
 
 しかし,投票率30%という選挙がそもそも「有効」なのか?

 話が横道にそれた。

 わざと人を怒らせるようなことを言う。

 これは教員採用試験や管理職試験の面接で,ときどき繰り出される「技」である。

 そういう「隠れた場所」だけで,できればしていてほしい。


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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より