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「人格がある」「PCは知識をもつ」という日本語はある?

 「別の人格がある」

 「初音ミクにも人格がある(?)」

 などという言い方はあるが,

 単に「人格がある」という表現を,

 「良い意味」で使うという日本語の用法は聞いたことがはない。

 「人格」は,だれもが持っているものである。

 教育はその「完成」を目指すものとされているが,

 「人格形成」の途上で人々は様々な課題に遭遇し,

 「完成」には至らずに老いていく人もいる。

 「人格」という言葉は,多様な意味で使われる。

 「人格がある」を「品格がある」「品位がある」と言えば,「良い意味」の言葉になる。

 しかし「性質」「人柄」「個性」という意味で使う場合は,必ずしもよい意味とは限らない。

 「多重人格」という使い方も同じである。

 
 次に,

>知識が豊富なだけで教養があると言うなら、コンピュータも教養があるということになってしまいます。


 と考えている人がいるが,この人は

 「知識」とただの「記憶」の違いが理解できていない。

 こういう人が,「知識を問う問題を考えてください」と頼まれると,

 「記憶だけで答えられる問題」を作ってしまうことが多い。

 コンピュータに蓄積されるデータは,人間にたとえるなら「記憶」としての情報である。

 「知識」というのは,・・・・

 なんて話は,教育への関心が高い人には無用な講釈だろう。


 結局,「人格者ではない人間を『教養人』とは呼びたくない」というだけの話なのだろう。

 
 なお,男性の側だけに都合のよい「伝統的な日本の良き女性」「奥さんにするなら日本人」の話など,「人格者」なら語るのを躊躇するだろう。

 

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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より