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自称30代による30年前の教育情報

 なるほど。どうして簡単にばれてしまうことを書いてしまったのでしょうかね。

 それ以外の部分は内容がゼロなのでばれようがなかったのに。

 一番「そっくり」なのは,ブログのタイトルや内容説明と,記事が一致していないこと。

 自分で勝手に「妄想」と呼んでも,それが逆効果になっているということが
分からない人なのでしょう。

 本体の方でも,「ここがこうではない」と具体的に書けばよのに,

 正しく指摘されてしまっていることは,「そうではない」とは言えない。

 それが最大の「弱み」なんでしょう。

わざわざ「自分には教養がない」ことを示すような内容のことばかりを書き連ねてしまっている。

 少なくとも,教養人は人の文章を読んで「頭がおかしい人」などと批評することはないでしょう。

 品位のかけらもない。

 もう一つの「弱み」は,まともな「学級通信」を出したことがないから,
自分がしていることが,何を「冒涜」しているかが分からないことですね。 

 私が詳しく知っている職員室の様子は20年前の中学校のもの,10年前の小中学校のもの,
おぼろげに知っているのは30~40年前のものですが,中学校にしろ小学校にしろ,

 確実に言えるのは,教師はみんながみんな「忙しい」のではなくて,

 暇な人は本当に暇,仕事をさせられない人は,本当に仕事がない職業なのです。

 そして本当に「忙しい人」は「忙しい」なんてことは言わずに,

 黙々と成果を積み重ねていき,学校を動かしている。

 暇な人が書けることが,どの程度のことなのかを

 実証してくれるブログがあるので,

 暇つぶしには最適かもしれません。

 暇人同志,波長も合うでしょう。

 
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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より