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フーガは「様式」,ソナタは「形式」

 Yahoo!知恵袋は,中学生も利用することがあるようです。

 フーガ
 
 と

 ソナタ

 の違いは,次のように説明されていました。

 下線部は私が引きました。

************************

フーガは「フーガ形式」とは普通言いませんのでまずそこはご注意を

様式の名前なので「フーガ」でいいかと思います。

************************

まず、フーガは「様式」、ソナタは「形式」です。

フーガは、曲の冒頭に単旋律で示された主題を、幾つかのパートが一定の規則にしたがって順次模倣する様式です。もともと合唱曲であったため、鍵盤曲でも器楽曲でも、各パートは「声部」と呼ばれます。曲の構造は、一般的な傾向はあっても明確ではなく、したがって形式とみなすことはできないのです。

ソナタは通常、提示部、展開部、再現部の3つの部分から構成される形式です。提示部には互いに曲調の異なる第一主題と第二主題が示されます。展開部ではこれらの主題が転調、変形、模倣など様々な手法で示されたり、新たな楽想が加えられたりと、工夫が凝らされます。再現部では再び第一主題と第二主題が示されて曲を閉じます。

以上の基本事項を踏まえれば、フーガをソナタ形式で書くこともできますし、ソナタ形式の中にフーガ様式を組み入れることもできます

************************

 分かりやすいですね。

 言葉を大切に使っている人の説明は,理解しやすいです。それにひきかえ・・・・

 「様式」は「形式」に含まれる概念だ・・・なんて反論の仕方もあるのでしょうか?


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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
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  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
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  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より