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【要望】 「ブログ村」運営者の方へ/読者の皆様へ

 こちらのブログで,たいへん心苦しいことがおこっています。

 私の「ブログ村」という削除記事が,「記事反映」を行っていないのに,新着記事に掲載され,現在では「教育ブログ」及び「教育論・教育問題」の注目記事になっています。

 読むことができない記事が「注目記事」とはおかしなことで,ブロガーとしても読者の方にたいへん申し訳なく思っております。

 「注目記事」からはずしていただくことは可能でしょうか。

 よろしくお願いいたします。

 ご覧いただいた皆様には,ご迷惑をおかけしてすみませんでした。

********************

 教育論・教育問題カテゴリーには,教育ブログの「中核」たるブログの数々が登録されています。

 私は,現場の教師として,二人の子どもを小学校と中学校に通わせている保護者として,教育委員会の指導主事として勤務した人間として,そして地域の学校を見守る人間として,どこかの立場に偏ることなく,主に現場の教師の問題を取り上げてきました。

 中には,一部の方々から見れば「偏っている」「極端な」と思われる記事もあるかとは思いますが,一番大事な視点は,子どもの目から見て,その事例はどうなのか,というものだという信念のもと,記事は書かれているものだということをご理解の上,お読みいただければと思います。

 「教育の素人」などと揶揄される官僚や事務系の方々や,「指導力不足」を自覚され,苦しんでいる方々には申し訳ございませんが,少しでも教育の本質に迫れるよう,私自身も努力しているところですので,何かプラスになることを探していただくという趣旨でご覧いただければと思います。


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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より