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自衛のためのICレコーダー

 例の調布市の小学校での話である。

 小学校というところが,いかに恐ろしい場所かが実感できたニュースであった。

 親としては,子どもに少しでも気がかりな点があれば,

 子どもを守るためにICレコーダーですべてを録音しておくことが欠かせない学校が存在したのだ。

 子どもを守るための手段は,

 もはや

 担任ではもちろんなく,

 学校の管理職でもなく,

 教育委員会でもなく,

 録音の機械と

 マスコミだけになってしまったのか。

 マスコミは,喜んで飛びつくネタだろう。

 学校や教育委員会ほど

 叩きやすい対象はない。

 もし,教師の教室での言動を校長が録音していたら?

 教育委員会が録音していたら?

 ・・・・当たり前だが,組合が黙っていないだろう。

 しかし,出てきたものが,あのような暴言ばかりだったら?

 かばいようがない。

 私は,PTA会長をつとめていた父親が昔,廊下で聞いていてあきれていた,

 職員会議での組合員による管理職への恫喝こそ,録音しておいてほしかったと思った。

 校長の自殺との因果関係を考える材料になったはずである。

 自分が経験した,職員会議での組合員の言葉を録音しておけばよいと思った。

 こうして

 学校が「開かれていく」と,どうなるか?

 大部分の「ふつうの教師たち」のイメージが,

 ごく一部の「とんでもない教師たち」によって,

 歪められ,けがれていく。

 それでも,学校における「真実」は,隠すべきではない。

 クリーン化に最も大切なものは何か?

 それは,

 「常に学校を開く」ことしかない。

 オープンスペースの学校を増やし,隣のスペースではよく知っている地域の人がお茶しているような,そういう学校にしないと,安心して子どもを通わせることができない。


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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より