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形式の話ばかりで内容がない教師の話

 起承転結がない,起承転結の話。

 形式だけの話。

 そういう教師がいましたね。

 経験がないから,本の受け売りとか,

 辞書の意味の引用しか,話せない。


 先日の小中高の研究会で,小学校の先生が

 「最近の研究会は褒め合うことばかりで,ためにならない」

 というお話をされていました。

 何でも最近は,

 「自分で自分を褒める」人が増えてきているようで,

 「気持ち悪い」世界になったようです。

 こういうのを「悪臭」と感じない世界は,

 新興宗教みたいなものでしょうか。

 自分のブログの文章を

 「論理的な説得力のある話」と言える人もすごい。

 「みのるほど 頭を垂れる・・・・」 はいずこに?


 昔から,「研究会では,発表者の苦労を考えて,

 批判はほどほどに,褒めるだけにしよう」なんていうレベルの低いのが

 一般的でしたが,

 「褒めようのないところ」を褒めてしまえば

 「ウソ」になってしまい,どうしてもだまっていられなくなる人もいることでしょう。

 しかし,講師に招かれた小学校の先生が授業者の問題を指摘したら,

 すぐにブログで

 叩かれてしまったそうです。

 そういえば,私も何の面識もない大学の先生に,

 批判記事を発表されたこともありました・・・・。

 ネットの世界はこわいものです。


 小学校の教育の本をながめてみると,

 ほとんどが「形式」の話です。

 「内容」がない。

 「こんな方法でこうしたら,うまくいく」みたいなものばかりで,

 同じような情報の使い回しと言うか,

 もうだれがだれからパクッたか,分からないくらい

 真似し合っている。

 私が驚いた「学び合い」の本の指導案は以前にも書きましたが,

 重要な方法は,

 「教卓の上に,教師用指導書を置いて開いておく」!!!

 でした。

 「みんなで教え合う」・・・・それだけ。

 「単元名」なんて,記載する意味は全くない!!!

 いつも,「形式」の話ばかりで,

 「内容」の乏しい記事ばかり書いている人がいますが,

 こういう本の読み過ぎでしょうか。


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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より