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「指導したら必ず評価」では誤解を招く

 評価は指導の後に行う総括的なものだけでなく,

 指導過程で行う形成的なものがある。

 指導前に行って「現状を知る」ためのものもある。

 研究授業を見ていると,「評価」の時間を確保するために,

 「指導」を削る人にときどき出会う。

 「指導」を削った結果,力はつかず,当然,「評価」も低い,となれば

 「ためになる評価」になり得るが,

 これが「指導」が十分にできていないのに

 「力がついている」という誤解を「評価」によって得てしまう場合は,問題である。

 教育実習生にいつも言っているのは,

 「指導と評価の一体化」にも,さまざまなレベルの意味があるということである。

 指導していないことを評価している例があるが,これはまずい。

 指導したことで力がついたかどうかを判断することができない評価でもまずい。

 私が一番大切にしたいのは,

 「指導中の評価」である。

 「分かっているか,分かっていないか」

 「疑問が生まれているか,生まれていないか」

 「他のことと結びついているか,いないか」

 などを指導しながら確かめようと努力している。

 すべて「生徒の表現活動で評価」しようとしたら,日が暮れてしまう。

 多くの場合は表情,ノートなどで確かめる。

 発問で確かめる場合もあるが,時間の制約が大きい。

 生徒にとって大切なことは,

 「分かったふりをしない」「分かったつもりにならない」

 ことである。

 そういう習慣がついている生徒は,必ず学力が向上する。

 「何となく分かったつもり」が一番危ない。

 そのために,教師は,

 「分かりましたか」という質問をできるだけひかえなければならない。

 
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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より