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4・4・4の前に,教師及び中高一貫校の実態を見よ

 現状の問題が改善できないのを放置して,

 全く新しいシステムに子どもを放り込もうと考える教育現場の人間が生まれたら,

 それこそ墓穴を掘るだけのことであろう。

 だからだれも手を出さないはずが,

 それでは「引っ込みがつかない」ので,行政のいいなりになる・・・・金を握られ,「存在価値はどこに」などと脅されるのだから,気が小さい国立大学法人のサラリーマンがいれば,すぐにそうなるだろう・・・・学校が生まれてくるかもしれない。一つだけ,その様子が手に取るようにわかるところがある。附属学校を多数抱えている大学である。
 
 そんなところでは,教育の素人が,経営にかかわることになるだろう。

 結局どうなるか,なれの果ては,現在の中高一貫校の実態を見ていただきたい。

 大学受験のための予備校のような授業が常態化しているところがある。

 昔から多くの教育関係者が口を酸っぱくしていっているのは,

 日本の教育が歪む最大の原因は大学入試にある,ということである。

 子どもや親が大学への進学実績が,中高一貫校を選ぶ目安になっている。

 だから,中高一貫校の教師たちは,大学進学実績のための仕事をさせられるわけである。

 優秀な子どもが集まっている学校では,塾がその仕事を肩代わりしてくれているわけだが。

 中高一貫校をつくる上での理念は何だったのか。

 当時の担当者は,もうどこかで裕福な暮らしをしているかもしれないが,
 
 もう一度,説明しに世の中に出てきてほしい。

 「約束と違う」という権利くらいはあるだろう。

 
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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より