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小中一貫に反対する理由

 小学校と中学校で,教育内容などに関してお互いに理解し合うことは,大切なことである。

 情報の共有化を進めるためにも,小学校と中学校の教師が,協力し合うことも,大切なことである。

 クラス編成に関して,小学校からの情報は生命線である。

 残念ながら,情報が隠されているのではなく,大事な情報を持っていないことが

 ばれてしまうのもこの小中の関係なのだが。

 
 さて,子どものためを思って強気に申し上げれば,

 小学校の人間関係がそのまま中学校に持ち込まれることになる

 小中一貫に,私は大反対である。

 私立ならまだしも,公立でこれを広めることは,子どもにとっても

 教師にとっても保護者にとってもたいへん気の毒なことになると考えられる。

 小中一貫というのは,

 たとえば中高一貫校などへの受験を考えている家庭にとっては,

 何の意味もない。

 では中学受験に何の興味もない人に,

 この小中一貫のメリットがあるかと言えば,なかなか思いつきにくいだろう。

 本当に部活から何からが充実して,だれもが行きたい中学校に行ける,

 そんな小学校(一貫校)が生まれるのなら話は別だが,

 「高校受験に相当有利」程度の情報だけでは,

 特に何の魅力も見出せないという結果になるだろう。

 校長などに思い切った権限を認め,

 おもしろい教育を好きなように実施させられる

 「覚悟」と「財源」がある自治体なら,まだ希望もあるが,

 そうでなければ,

 小中一貫というのは,

 子どもにとっても

 教師にとっても,

 行政にとっても,

 ただの「足枷」にすぎないものになるだろう。

 そう,小中一貫というのは,文字通りの「足枷」である。


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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より