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国語と道徳によって「教師が気に入る言葉を発する」能力を伸ばす子どもたち

 「反省文」を書くのがとても上手な子どもがいる。

 内容がすばらしい。

 これも「言語活動の充実」に力を入れた成果であろう。

 しかし,「反省文」を提出した日に,また同じ問題を繰り返してくれるから,

 「反省文」で書かれたような「反省」はしていないことがバレることがある。


 小学校の子どもたちは,

 「担任教師の機嫌がよくなる答え方」を

 毎日の生活の中から学び取っていく。

 問題を起こした時,

 どういう答え方をすれば,

 教師の怒りがおさまるか,

 「お説教」が終わるか,

 納得してくれるか,

 を学んでいく。

 こういう子どもが中学校に上がってきて,

 問題を起こすと,

 小学校で学んだ対処法を実践に移す。

 そして,教師の怒りの炎に油を注ぐことになるのである。

 教育や人間のことが分かっていない人間が

 教育工学を語るときの限界というか,

 所詮は「工学」にすぎないことが露呈するのは,

 「人間は『本心』とは異なる『外部活動』をとることができる」

 ことが分かっていないし,

 分かろうとしないし,

 分かることができないからである。

 そういう人間の言動は,

 子どもにとっては好都合になったり,

 本当の意味で不幸になったりしているのが

 学校現場というところである。

 国語や道徳が,

 教師が気に入るだけの言語活動を子どもに習得させているうちは,

 本当の学力が向上することはないだろう。

 人間関係が希薄な学級王国では,

 子どもたちは,本当に活発に言語活動を行っている。

 決して,本音と本音がぶつかり合うことはない。

 言葉だけが,ただ飛び交うだけである。

 人間関係が濃厚な社会では,

 言葉は減っていくこともある,
 
 ということを少なくとも教育にかかわる人間はしるべきである。

 わざわざ「どうしたの?」

 と聞くこともなく,寄り添ってくれるような親もいる。

 子どもにとって,単身赴任などで離れて暮らしている親だったり,

 遠距離恋愛のお互い同士が,

 愛情で深く結びついていることもある。

 ただ一緒にいないから,

 人間関係が希薄になる,という単純な話ではない。
 


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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
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  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より