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« 「指導したら必ず評価」では誤解を招く | トップページ | やらせコメント ~教育の基本姿勢~ »

「らしく」なるタイミング

 教育実習生が,「教師らしく」なる,

 学級委員が,「学級委員らしく」なるときがある。

 ともに,「ピンチをチャンスに変える」ときである。

 学級委員レベルの中学生だけでなく,教育実習に来る大学生の中にも

 「心理的プレッシャーに弱い人」がいるから,

 いつでも効果的とは限らないが,

 人を見て,「追い込み系プレッシャー」をかける。

 これが「パワハラ」と批判されてしまうようになると,教師を続けていくのが難しい。

 プレッシャーのない環境で育った「リーダー」の弱さは,毎年のように目にしている。

 プレッシャーをはねのけるアスリートの哲学を道徳で学ぶ機会を増やしても,

 状況は変わらないおそれがあるのだ。

 プレッシャーをかける人間がいなければ,何も始まらない。

 
 教育実習生の場合は,3週間経っても何の成長も見えなければ,ぜひとも「不可」を出して,
 
 「教師への道」を閉ざしておきたい。そうすれば,今のような悲劇は避けられたかもしれないと強く思う。

 しかし,そういう決断がなかなか下せないのが現状である。


 せっかく「教師として使い物になるかならないか」が一番よく分かる現場に来てくれているのに,

 さっさと単位を与えて卒業させたい大学が邪魔になる。

 
 最近,現場の若い先生の授業を見る機会が少ない。

 「らしく見えない人」が多くなっているのではないか,と危惧を覚える。

  
 しかし,昔をふり返れば,今よりもはるかに

 「らしくない」人が多かったかもしれない。

 
 一方で,「らしさ」を絵に描いたような教師も健在のようである。


 竹刀をもって廊下を歩ける人は,さすがにもう絶滅寸前だろう。

 そういう人の近くを通り過ぎるときだけ,

 背筋を伸ばして「らしく」なっても意味はない。

 しかし,そういう場面が皆無になる,というのも,子どもにとっては不幸である。

 
 支離滅裂な話はわざと書くことができる。

 人間は,うそをつく知能をもっている動物である。

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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より