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壊れたものをなおすのも教師の仕事

 また何かが壊れた話が登場しましたね。

 植物は根が腐ってしまっていたら,もはや手遅れかもしれませんが,

 人間の心には「修復機能」が備わっています。

 機械のように「リセット」するのではなく,

 文字通り,「なおして回復させる」のです。

 今回の「壊れた」ものの話は「人間関係」です。

 小学校では,担任の教師への配慮から,

 子どもたちはうわべだけの良き人間関係を維持します。

 これが音を立てて崩れるのが中学校です。

 なぜ中学校か。

 遠慮する大人の「檻」がなくなり,

 自分が大人に近づいていくからです。

 
 「いじめ」にまで発展していなくても,

 「壊れた人間関係」を放っておいてはいけないのが,正しい生活指導のあり方です。

 もちろん,「いじめを防止する」というねらいもありますが,

 「子どもたちの健全な人間関係を育む」ことが学校の使命になっているからです。


 「壊れた人間関係」をなおす一番の方法は,

 「公の場」で「人間の心」を意識させることです。


 中学生は,揺れ動く「わたし」を制御できずに,

 「わたし」の願いとは正反対の言動を表に出すことがあります。

 こういう「わたし」をコントロールする力が,

 「公の場」にあるのです。


 学校は,まぎれもなく,「公の場」です。

 「公の場」は,揺れ動く「わたし」に,「人間の心」を気づかせてくれる機会を与えてくれます。

 壊れたら,なおす。

 また壊れたら,なおす。

 その繰り返しです。


 ときどき,中学生と同じレベルに堕ちる教師が出てきます。

 「公の場」に出られなくなった以上は,ただちに教師を辞めるべきです。

 「人間の心」にふれることができない以上は,教師ではないのです。

 「公の場」に出られさえすれば,チャンスはあります。

 これが「学校」というところです。 


 全く逆なのが,

 この教育ブログムラです。

 ここは,「わたし」の暴走・独走・迷走を許している,恥ずべき場です。

 汚物を処理する場所はトイレですが,ある人にとって

 このブログムラは,汚言を垂れ流す場所になっています。

 公衆トイレは「処理」の入り口ですが,

 このムラには「処理能力」はないので,水の流れない便器そのものです。

 

 学校という場を汚してきた人たち。

 教育という営みを汚している人たち。

 教師の生きざまを冒涜している人たち。

 膿を出し切ってもらった後に,

 次の一歩を探すしかありません。

  
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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より