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傍観者はお立ち寄り無用です

 またまた偉そうなことを書いていますが,

 ご紹介した実践事例で,ゲストの方にお願いしたのは,

 表現をかえれば,

 「決して傍観者にはならないでください」

 ということです。

 ゲストの方も生徒が提示した問題の解決を一緒に考えていただいて,

 生徒の主張がおかしいところがあれば指摘し,議論し,

 よりよい方向を探ってほしい,

 という願いです。

 ただ,そうは言ってもかわいらしい中学生が一生懸命に自分の意見を述べていたら,思わず褒めてしまいたくなりますね。そこで「否定」してはかわいそうだと・・・。

 以前にも書きましたが,日本には努力している人に面と向かって反対の意見を堂々と述べるような文化は社会に定着していません。

 「公共広告機構」という立場でしか,言えないことがあるように。

 でも,多くのゲストは「ただの聴衆」にはならないで,

 積極的に参加していただきました。

 

 これは一種の学習指導論ですから,

 実名で教育ブログを書かれている大学の先生は絡みづらいことと思いますが,

 もし「傍観者」でいられるのでしたら,

 今後,お立ち寄りはご遠慮ください。


 という態度を生徒にも参観者にも日頃から見せておくことで,日常が活性化するんです。

 
 なお,この1つ前の記事で,第3の大ヒントを書いてしまいました。

 
 堂々と傍観者でいることを楽しんでしまうような人間を,せめて社会科教育では,作らないようにしたいと考えています。


******************

 あるブログで,以下のようなご指摘がありましたが,

 これは小学校の低レベルの社会科研究の話でしょう。

 中等教育では,全くお話にならないことです。

>社会科を研究する教師の多くは、考えを「引き出す」ことが目的であって、「どのような考え」であるかは、方向性はどうでもよいのですね。


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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より