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「教師の暴言に関する調査」発令か?

 「体罰に関する調査」に引き続き,

 今度は「暴言に関する調査」か?

 それにしても,小学校低学年の子どもにこの調査を行うことは可能だろうか?

 わずか7歳の子どもが,

 「最低の教師」を報告する・・・・そんな悲惨な教育現場がこの国にはある。

 
 問題の教師は,「厳しい指導で定評のあった人」らしい。


 「厳しい指導」の代名詞は,「体罰」だけではない。

 教師には,「暴言」という「強力な武器」がある。

 調布市の小学校でなぜ今,保護者会が開かれるのかが不思議だが,

 小学校2年生への「暴言」は,さすがに保護者も耐えられないことだろう。

 小学校のように個人による「密室」「密着」型の教育機関では,

 担任教師の影響力は絶大である。

 人格の完成はおろか,

 人格への悪影響が心配されるような「暴言」とは,

 具体的に何だったのか。

 ボイスレコーダーを持たせて録音してしまう親もなかなかだが,

 それが「動かぬ証拠」となった。

>どういう脳みそ? 不思議な脳みそねえ

 こうした暴言のすべてを,文字におこして公開していただきたい。

 保護者達の心配は,

 「研修」を受けさせられた教師が,

 学校現場に復帰してしまうことである。

 自分の子どもの担任になることはなくても,

 他の子どもに同じような思いをさせたくない,

 という思いは,道徳の授業でも培われた心情である。

 この教師の「暴言」と,似たようなことを書いている人が,

 このブログ村にはいる。

 「頭がおかしい」という言葉を平気で使える人である。

 同じような教師の発掘作業がこれから

 行われるのか?


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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より