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生徒が考えた「理想の先生」

 生徒たちが

 「こういう『理想の先生』いませんか?」

 と聞いてきたら,どうしましょう。

1 授業中,どんなにおしゃべりしていても,寝ていても,マンガを読んでいても,ゲームをしていても,怒ったり注意しない先生

2 どんなにテストで悪い点をとっても,いい成績をつけてくれる先生

3 練習に全く出ていなくても,試合に出してくれる先生

 本当にいるからこわい話です。

生徒にとって,「いい先生」とは,「自分たちにとって都合のいい先生」だったりする。

 もちろん,ある生徒にとっての「いい先生」「理想の先生」は,同僚や他の生徒たちにとっては「最悪の先生」になる。

 生徒にとって・・・・ということを考えるより先にあるべきなのが,

 「生徒にとって理想の先生とはこういう先生だ」

 と教師なりに考えていることです。

 
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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より